第13話 とても大事な狩り
鹿を仕留めた翌朝、ナッツが解体の終わった鹿の内臓等を小さな空き樽に入れているので俺は相棒に、
「朝から何してるの?」
と聞くとナッツは、
「あぁ、おはようございますキース様…いや、朝のトイレを済ませた時に思ったのですが、何十年も放置されたトイレには多分もう居ないだろうと思いまして…」
と、作業をしながら話してくれたのだが相棒が何を言っているのか俺はサッパリ理解が出来ないので、
「えっ、何が居ないの?」
と、聞く俺にナッツの方が驚いた様子で、
「えっ、キース様…何って、
と、さも当たり前かの様に告げる。
箱入り軟禁息子だった俺は全く知らなかったのだがこの世界のおトイレの処理はスライム君が担っているらしく、あの様に樽や壺にスライム君の好きそうなエサを入れて町や村の外に置いておくと、いつの間にやらスライム君が現れてお食事を始める。
エサが豊富なうちは仲間と仲良く食べているが、エサが少なくなると縄張り争いが始まり、強く健康な一匹を除いて他のスライムは次の獲物を探して旅に出るらしい…
ちなみに、道端で出会うスライム君はエサを探して放浪している個体であり、人がキャップで捨てたゴミなどを掃除してくれているのだが困った事に彼らは自分の意思で動く場合は、ほとんど人を襲わないが通行の邪魔だと退かされそうになるとブチキレて飛びかかってくる習性があるらしい。
そこまでして自分の縄張りを主張するスライム君が樽に居座った状態で樽に蓋をして樽ごと移動させてトイレの浄化槽に引っ越ししてもらい、後は樽の栓を外して浄化槽の蓋を閉じて土で埋めればスライム式浄化槽トイレの出来上がりとなるらしい。
縄張り意識の強いスライム君は自宅の樽を中心に毎日食べ物がやってくる食堂と安心の住まいを手に入れて人もスライムもWin-Winな関係らしいのだが…
『いや、全く知らなかった…てっきり畑に撒くと思っていたよ…
貴族は良いもの食べてるから良い肥料になるとか言って農家の方が買いに来るのかと…』
と、ナッツの説明を聞きながら自分の世間知らずさ加減を思い知らされていた。
確かに人の堆肥を撒かなくても運搬用の馬魔物がバンバン走っているこの世界で家畜の堆肥を作る方が簡単だろうと一人で納得している俺にナッツは、
「Eランク冒険者向けの依頼でスライムの生け捕りっていうのが有ったので、もうそろそろ依頼が受けれるかと狩りの方法を先輩冒険者に聞いておいて良かったです…
こんな所で役に立つとは思いませんでした。」
と言いながら相棒は、
「キース様、スライムは水辺に多いらしいので私が一人で東側の池に行って罠を仕掛けて来ますね。」
と、小樽を抱えて石垣から出て行った。
『し、知らなかった…ナッツは冒険者ギルドで、次のランクで受けれる依頼を調べて先輩方から情報まで集めていたのか…』
などと、呑気にただ冒険者稼業を楽しんでいただけの自分が恥ずかしくなり、
「よし、新たなスライム君が快適に暮らせる様に、トイレの修繕と掃除をしよう!」
と、気合いを入れた俺は石垣の中の端にあるトイレ小屋へと向かい浄化槽の掃除をする為にスコップで土を避けてその下から出て来た陶器の蓋を開けると、その地下の小部屋には小さな壺の側にスライムの物と思われる豆粒程の魔石が一粒転がっていた。
思いの外浄化槽内は綺麗で、魔石だけになった先代のスライム君の仕事っぷりが感じられ、
「ありがとう…先代スライム君…」
と呟き小さな壺に魔石をコロンと入れてその壺ごと浄化槽から拾い上げた俺は石垣の端にそれを埋めて小さな墓を作っておいた。
それから3日後ナッツが我が家の新しい住人の入った小樽を危険物でも入っているかの様にソ~っと持ち帰り、俺がそれを地中の新居にそっと小樽ごと安置してからユルくはめた小樽の蓋を外すと、プルンとした水面の様な物が見えて中に残り少なくなったエサを大事そうに抱えているスライム君の姿が確認出来た。
ナッツが、
「エサがあるうちは多分襲ってきませんが、あまりジロジロ眺めていると飛び付かれますよ。」
というので、スライム君に別れを告げて俺は浄化槽の穴から地上へ戻り、浄化槽の蓋を乗せて土で埋めるのだった。
これはスライム君が逃げ出さない為もあるが、外部からのスライムの侵入を避ける意味合いが強い。
なぜならば浄化槽のスライム君が二匹の場合、縄張り争いの後に友情が芽生えて、友情が愛情に変わり知らない間にスライムが増えて溢れる事になるらしいのだ。
なので一ヶ所につき一匹が大前提であるスライム浄化槽に今、数十年ぶりにスライムが移り住んでくれたのである。
とても大事なスライム狩りが完了して、ようやく本格的に狩りが再開出来る状態となりホッとする俺とナッツ…これは、新たに獲物を狩って解体すると折角樽の罠に住んでいたスライムが新たなエサの匂いを嗅ぎ付けて引っ越す可能性が有ったからだ。
ちなみにだが、スライム君は家族登録はしない…完全に地中にいるので感知されないのと、なんか…どういうのかな?…まぁ、嫌だったからだ。
確実にここでの生活に必要なメンバーであるが…
『スマン…スライム君…』
と、心の中で詫びて、俺は再び自宅の修繕へと向かうのであった。
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