第8話 頭を抱える出会い
商業ギルドに相談に行った帰り道、俺達は今日の冒険者仕事をお休みにしたのでナッツと二人でサイラスの町をぶらつきながら家の件について相談をしていた。
ナッツは、
「キース様にお任せしますが私個人の意見としては賛成です。
石垣もあるらしいので旅の途中など街道沿いで野宿するよりも安全だと思われ、買い出しが不便になりますが畑を作れば野菜は手に入りますし、肉は狩りで手に入ります。
日用品はルイードさんが言っていた御用聞きの行商人さんに頼めば日にちはかかるけど手に入りそうなので、あとは現金収入の為に冒険者ギルドに薬草等を運んだ場合に門の所で入場料が発生する事だけが気になりますね…」
と提案してくれ、気がつけば屋台のよく分からない具材の硬いパンのサンドイッチを頬張りながら、結局いつもの広場のテントの定位置に座り込み景色を眺めている二人がいた。
ブラついてみたがサイラスの町は村に毛が生えた程度の辺境…特にブラつく場所など無く、わざわざ眺める景色も無い事に気がついた。
たぶん明日見に行くという開拓村も三時間程度しか離れてないから、行商で買う商品の物価もさほど変わらないだろうし景色だってこの町と大差ないはずだ。
自由に出来る土地があれば、またDIYを楽しめるし最初の目的が畑でも耕してのんびりするのが目標だったからチャンスかも知れない。
ただ嫁は遠のくだろうが、これは仕方ないかな?…人口の少ないサイラスにいる時点で既にその夢は終わっていそうだな…
などと考えながら俺は顎がクタクタに疲れる硬いパンの歯ごたえと戦っていた。
そして翌朝、商業ギルドからルイードさんの操る馬車に乗り、ギルドマスターと俺達の四人は北西の山を目指した。
たまに商業ギルドが馬車を走らせるらしく、街道ほどでは無いが道もあり、山から流れる川に沿って馬車で走ること暫く、その村に到着した。
苔むした石垣で囲まれた中に草が生い茂った広場や草に埋もれそうな建物と畑と言われている荒れ地が広がり、そしてかろうじて草むらの中に柑橘類の木が一本生えており、鳥魔物や虫魔物に食われた果実が枝にぶら下がっていた。
ナッツはヒョイっとその木に登り、まだ無事な果実を探し、
「やった!一個無事だ!!マイトさん食べてみて良いですか?」
と聞くとギルドマスターは、
「構わないけど落ちないでくれよ。」
と答えるとナッツは、
「了解で~す。」
と、ルンルンで果実をもいで戻ってきて、手際良く4つに割って俺とマイトさんやルイードさんにも渡し自分はポイっと口に放り込んだ。
ナッツはモグモグと噛み締めたあとゴクリと飲み込み、
「旨い!甘いヤツでしたよ、大当たりだ…鳥魔物が狙うのも解ります。」
と、満足そうにしている。
それを見てマイトさんは嬉しそうに、
「私のじい様の農園から運んだ苗だから甘い品種だよ…私も子供の頃は良く食べた」
と言いながら口に運んでいる。
そこで俺は、
『ギルドマスターの故郷な訳だ…この廃村は…』
と理解し、必死に管理人を探していた理由などを納得しながら俺もソレを頬張ってみるとミカンの様な味がした。
少し皮の固そうなオレンジみたいな見た目だか、中身の果肉は間違いなく前世でコタツに入って食べたミカンの香りと味がしたのだ。
思い返せばあの屋敷で果物の香りや味を楽しんだ事など無かった…
今世の思い出など微塵もない果物だが、前世の古い記憶がよみがえり、知らぬ間に一筋の涙を流していた俺に気がついたルイードさんが、
「キース君…」
と、心配してくれたが、
「少し、
と、俺が答えるとルイードさんは、
「そうかい…」
と言っていたが、色々気を遣ってあえて深くは触れないでおいてくれた様だった。
たぶん昔、俺の事を何かがあった訳ありの元貴族とは思っているのだろうが、
『ルイードさん…ありがとうございます』
と心の中で礼を述べてから俺達は村の案内を続けてもらった。
草に埋もれた三軒ある建物も、鍛冶屋だった建物は基本土間しかない作りだが頑丈な作りであった様で損傷は少なく、ホコリさえ払えばギリギリ今日からでも住めそうであった。
他の二軒は床を直さないと不安な状態で、マイトさんは、
「住んでないと、こんなにも傷むのか…」
と、少し朽ちかけた昔の我が家を寂しそうに眺めていた。
しかし、柱はしっかりしているので手直しをすれば十分住める状態だし石垣に囲まれた村の中に湧水もあり綺麗な水で満たされた池も有ったので、いきなり雨風に晒されたり、脱水症状でピンチになる事も無さそうであり、買い物以外は恵まれた最高の物件で、相棒のナッツは既にミカンの木にゾッコンだし、俺もここを手直しして畑やウッドデッキのあるマイホームにしたいと考えていた。
マイトさんは生まれ育った村が朽ち果てるのも、悪用されるのも嫌な様で何とか未来ある若者に1日でも長く使って欲しいと願っている。
ルイードさんは、俺達の願いとマイトさんの願いを橋渡しする為に知恵を絞ってくれているし…
『もう、決定だな!』
と決心してこの日、俺とナッツは自宅持ちの冒険者になった。
まだ、Fクラス冒険者なのに…
それからはビジネスのお話となったのだが、マイトさんは給料を出してでも住んで欲しいみたいだが俺達は給料のお話は拒否させてもらった。
それは、あくまでも自分達の力で何とかしたかったからだ。
なので代わりと言っては何だが土地の代金は現在商業ギルドの口座に有る範囲でお願いしたい事と、買い出しの時のサイラスへの入場料を何とか無料に出来ないかと相談したのだった。
そして、今の商業ギルドにある口座をギルド預かりとして、サイラスに行く度に冒険者ギルドの報酬を入金するので、この村に来てくれる行商人への支払いを任せたいとお願いすると、マイトさんから全てに了解を貰い、各種準備が出来次第こちらに引っ越しの予定になった。
すると、廃村にて俺がマイトさんと商談成立の握手をした瞬間に、
『自宅の設定を行いました。』
と、俺の頭の中に無機質な女性の声が流れた…
『えっ?』
と驚き、キョロキョロと辺りを見回すが女性など居ない…
『聞き間違いかな?…』
と一旦納得しようとした俺に続けて、
『自宅警備スキル発動、〈ヒッキーポイント〉のカウントを開始します。
おめでとうございます。
初回サービスヒッキーポイントが付与されました。
メインメニューでご確認下さい』
と機械的な説明が頭の中に響く。
イヤイヤイヤ!!
確かに『自宅警備』って、スキルに聞き覚えは有るけど…『ヒッキーポイント』って、何よ?!
情報量よ…整理が追い付かないのよ!!
と頭を抱えるしかない俺を三人が心配そうに見ていたのだった。
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