第3話 新たに向かう先


あの祝福の儀以来となる街をナッツと歩き、ようやく到着した冒険者ギルドでは新人冒険者お決まりのガラの悪い先輩にカラまれる系のイベントもなく、ついでに美人ギルド職員さんに目をかけてもらえる様なイベントの気配も無くて、くたびれたオッサンが俺達の担当してくれてサクッと冒険者登録を済ます事が出来た。


冒険者ギルドと聞いて一人でドキドキしていた俺が本当に馬鹿みたいだ…

ちなみにだが俺は冒険者として頂点を目指す訳ではなくて、人として生きて行くのに必要なお金を稼げれば無理な依頼を受ける事もしない予定であり、どこかでのんびりと畑でも耕して暮らすのが目的なのだ。


なぜなら前世の記憶で無双などすれば色々な面倒臭い事に巻き込まれるお話をそれこそ沢山読んで来た俺は、自分が楽しむ為以外の前世の知識は可能な限り使わないという自分ルールを決めている。


…まぁ本当の理由は、この世界は初期スキルがモノをいう世界であり魔法適性が無ければ冒険者として上位を目指す事も厳しいらしいからである。


魔法も使えずチート能力の無い俺は、もし厄介事に巻き込まれても何も出来ない…

俺もだがナッツも魔法適性は無く、俺の使い方の解らないスキルと同じく、ナッツも〈掃除上手〉という争い事向きで無さそうな名前のスキル持ちらしい。


ナッツがいうには、


「歩いても音もホコリもたたないから便利ですよ。」


と自分のスキルを自慢していたのだが、


『ホコリがたたないのは掃除に関係するが…音って何よ?』


と考えるが、少なくとも何がどうなるか解らない上に発動した事すらない俺のスキルよりは遥かに便利そうである。


とまぁ、そんな事なのでこの二人で魔物をバッタバッタと倒す未来はイメージ出来ないので、自給自足をベースに薬草採集や小型の魔物を狩って過ごす生活を目標にしている。


冒険者ギルドの売店で保存食と護身用ナイフやロープや麻袋に、ナッツがオススメしてくれた火打石と砥石も二人分購入して虎の子の小金貨で支払い、お釣を受け取って、それをナッツと半分こにした。


服以外はほぼ同じ様な装備の二人は、次に乗り合いの幌馬車の停留所に向かい財布と相談した上で、


「王都では無くて、辺境を目指そう!」


と決定し、ここから南に約二週間ほどの辺境伯領の南の端の町〈サイラス〉に向かう事にした。


これは、王都は物価が高い上に北に向かうと、お隣の国と絶賛戦争中だから、とりあえず南を目指した結果で、特にサイラスに用事や目的が有った訳では無い。


そんな全く知らないサイラスの町まで、片道大銀貨三枚…

二人とも、ほぼスッカラカンになってしまうが何のしがらみも無い新天地でゼロからのスタートをするのだから『仕方ない』と自分に言い聞かせ、代金を支払い幌馬車の荷台に乗り込んだのだった。


この街ナルガ子爵領の中心である領都リリーから南に向かい走り出した馬車は、途中の村や街を数ヶ所巡る度に、幌馬車の中の顔ぶれや積んだ荷物が減ったり増えたりしたぐらいで、特に問題も無く俺達としては馬車の乗り心地が最悪だったという感想しかない様なただただ長いだけの退屈な旅であった。


幸い一番不安だった盗賊等にも出会うこともなく、たまに出てくる小型の魔物の小規模な群れや中型の魔物も単体ならば、二人一組の幌馬車の御者さんコンビが蹴散らしてくれるしスライムやジャッカロープ?とかいう鹿みたいな角の生えたウサギは、


「冒険者になりたてならば、お手本を見せてやるから倒してみろ。」


と、旅の道中で仲良くなった御者さんの計らいで狩りの練習まで付き合ってくれて、ついでに魔石の取り出しかたや血抜きという簡単な解体まで教えてもらえた。


何とも有難い…この経験はとても有意義であり、俺としては本の知識だけではやっばり駄目で、やはり実技をしなければと心底思える経験だった。


そして、今回旅で解った事が1つ…それは、屋敷で軟禁生活をしていた俺は確実に世間様からみて引くほど弱いという事実だった。


前世でも特に後半は体を動かすという経験値が人並み以下だし、今世でも屋敷から出た事すら数える程しかないモヤシっ子であり体力作りを兼ねて裏庭で剣の素振りなどすれば第二夫人が、


「謀反を計画しているの?!」


などとキーキーとヒステリックに怒鳴るので、体力作りすらろくにしておらず将来の練習として離の裏庭に家庭菜園程度の畑を作るのがやっとだった。


つまり、毎日ちゃんとした広さの畑のお手伝いしている農家の少年以下の筋力しか獲得していないのである。


ちなみにだが、ナッツは何とも手際良く魔物の背後を取りナイフでサクリと倒してしまう…

何の差かは解らないが御者のコンビも感心する手際で、


「磨けば、冒険者として光るかもな」


などと誉められていた。


『やはり箱入りボンボン生活をしていたツケがまわって来たのだろう…』


と反省していた俺もなんとか安定してスライムは倒せる様にはなったが、ジャッカロープとは全く勝負にならず一撃も与える事すら出来なかった。


『狩りはナッツにおまかせかな?…当分は…』


と、落ち込む俺だったが、ナッツに勝てる事が1つだけあった…それは解体作業だ。


魔物の知識も少しは有るし、血抜き等の手順も前世の知識と合わせて生き物の体の仕組みも解るので、手際良く皮を剥ぎ魔石を摘出して、ウサギを肉へと加工していく事ができた。


そして、ナッツが倒して俺が解体したウサギは御者のコンビが買い取ってくれて、小銀貨一枚に化けた後にその日の炊き出しのスープへと変わる。


俺達は狩りと解体の練習と合わせて小遣い稼ぎまで出来て、馬車の他の乗客は炊き出しの肉が増えるという何とも嬉しい循環が生まれ、その後は乗り合わせた人達も魔物が出る度に幌馬車が停車しても文句も言わず、


「坊主、頑張れよ。」


とか、


「晩飯に肉を増やしてくれよ。」


などと、応援してくれたのだった。


そんな旅を続けてリリーの街を出てから16日目の朝、楽しくサイラス町迄の移動を終える事が出来た。


御者さんコンビの計らいで俺とナッツは冒険者としての手ほどきを受けた上に、毛皮や魔石で大銀貨一枚程度の報酬も手に入れる事ができ、一緒に旅をしてきた同乗者の方々からは、


「いつもより肉が沢山出た。」


と感謝までされた。


俺はナッツに、


「良い旅だったね。」


というと相棒も、


「確かに同乗の方に、鍛冶屋の息子さんと商業ギルドの職員さんも居ましたので、サイラスの町での生活や情報集めにも役立つ人脈も出来た良い旅でした」


と、笑っていた…


『えっいつの間に?!

ナッツ…恐ろしい子…そ、そんな人脈まで…

これはコミュニケーション能力の差か?…人付き合いをサボっていたツケなのか?!』


と驚く俺だったが、改めて、


『これはナッツに迷惑をかけない様に俺も頑張ろう!』


と決意するのであった。


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