第2話 世間知らずの旅立ち

さて無事にナッツと二人で街迄歩いて来たのは良いが弟が貯めていた大金とはいえ小金貨一枚と大銀貨二枚で家もない子供二人が生きて行ける日数はさほど長く無いと思われる。


屋敷に有った本やナッツ経由で仕入れる事が出来たザックリとした知識だと、パン一個が大銅貨一枚程度らしいので、これを百円ぐらいと仮定するとこの国のお金も十枚毎に格上の貨幣に両替出来る事から、


小銅貨が10円


大銅貨が100円


小銀貨が千円


大銀貨が一万円


小金貨が十万円


大金貨が百万円となる。


しかし、それだとマイアは十二万も俺にくれたのか!?


『数えで12歳の少年には大金だっただろうに有難い…』


と改めて俺は弟の気遣いに感謝した。


たとえそれが哀れみからでも、ことによると裏では、


「あんなはした金でいつまで生きれるか?」


と、仲間内で賭けをしていたとしてもこの時俺は純粋にマイアに感謝をしていた。


『これならば安宿を借りて生活基盤を…』


と考えたのだが、先ほどの手紙の文面から命が狙われる可能性を示唆されているのでナッツと相談した結果、まずはこのナルガ子爵領内からはオサラバする事にしたのだ。


一旦ナルガ子爵家の手の届かない土地に行ってから生活基盤を整える計画であり、そこで問題になるのは『何処に向かうか?』と、『どうやって行くか?』の二点になる。


この街で身分証明書になる冒険者登録をすることは決定事項なのだが、装備を揃えてからナッツと歩いて二人旅をしながら強くなりつつ新天地を目指すか、一旦幌馬車に揺られて安全圏に移動してから生活基盤を整えるかのどちらかを決めなければならない。


まぁ、ガッチリ装備を整えると金銭的に幌馬車に乗れないというだけなのだが、この街でお金を貯めてグダグダしているとマイアの取り巻きが何かしてくる可能性もゼロでは無いので、とりあえずどちらのルートにも必要な鞄を購入して携帯食糧や水袋と護身用のナイフを二人分買い求めてから、残りの予算と相談で馬車か徒歩かを決定して他の貴族の領地を目指す事に決めたので、最低限の旅支度の為にまずは市場へとナッツと二人で向ったのだった。


市場への道中で俺は、


「ナッツ、一人あたま大銀貨六枚だね。鞄とか必要な物を買い物した後で馬車代金が残れば良いけど、無理ならば追加の非常食を買ってとりあえず町を出よう」


と告げるとナッツは、


「大銀貨6枚? えっ! キース様がマイア様から頂かれた物を賜る訳には…」


と遠慮するので俺は、


「もうナッツは奴隷でも俺の使用人でもないし、俺達は仲間だから仲良く半分こに決まっている」


というとナッツは、


「キース様…」


と泣きそうになっていた。


彼は長年専属の使用人という立場であったが俺としてはずっと『あの御屋敷での軟禁生活を暮らした相棒』という気持ちがあり、


「本当はも無しにしたいんだけど?」


と、ついでにお願いするがナッツには、


「それだけは断固拒否します。」


と、何故かキッパリ断られてしまった。


そんな会話をしながら二人で市場に到着し、とりあえず旅用の鞄を探しながら露店を巡る。


市場にはデカい巾着袋の様な物から魔物の革製の丈夫な鞄まで様々な物があり、今後の旅や冒険者としての仕事にも使うかも知れないので俺は可能な限り丈夫であまり邪魔にならない程度の物を探している。


『良く考えたらこちらの世界で自分で買い物するなんて初めてかも…』


と、なんだかテンションが上がってきた俺は革職人の露店で良さそうな革製の肩掛け鞄が目にとまり店主に代金を聞くと、


「一個、大銀貨二枚だ」


と言う…


『大銀貨二枚かぁ…二万円…仕方ない…のかな?』


と俺が悩んでいると店主は、


「兄ちゃん達は今から旅かい? なら水袋もセットにして大銀貨二枚と小銀貨五枚だよ。」


と売り込みをかけてきた。


確かに水袋も必要だろうと思いつつ俺がポケットに手を伸ばそうとした瞬間にナッツが、


「おいおい、馬鹿言っちゃ駄目だよ。高そうな服を着てるから足元見てるみたいだが、こんな鞄が大銀貨二枚…笑わせるな!」


と言って店主を牽制し、


「キース様、信用のならない店では買わないのが一番ですので」


と俺に買い物の注意点を説明した上で、


「さぁ、行きましょう。鞄など、冒険者ギルドの売店でも売っていますし、あちらは値札が付いていますので、このオッサンみたいに平気でぼったくる事はありません」


と、わざと大声で騒ぐので店主は悪い噂になるのを恐れてか、


「おい、少し吹っ掛けたのは確かだが、あまり騒がないでくれ…」


と、焦っている。


『ふっかけたのは認めるんだね…』


と、俺が複雑な気持ちでナッツと店主のやり取りを眺めていると、ナッツは店主の耳元で何かを話しはじめる。


すると、店主は「ぐぬぬぬっ」と、考え込んだ末に、


「よし、解った…それで良いよっ!」


と言い放ち、色味の違う革製の肩掛け鞄2つと水袋2つをナッツに差し出した。


ナッツは、


「キース様、全部で大銀貨二枚です。」


と報告してくれ、俺は最初の半額以下になり、店主がふっかけた金額分を抜いてもまだ安くなった事に感心していると、ナッツが先程よりもわざとらしく、


「キース様、少し高い料金でしたがここの商品は確かな品物と、しっかりとした加工だぁ!高いのも納得です」


と俺に伝えるふりをしながら、


「いやぁー、良い買い物でした。旅に鞄は必需品、少しでも良いものを買わなければ!!」


と、道行く買い物客に向けてサクラの様なセリフを言っている。


「何だ、何だ?」と人が集まりだしたのを確認したナッツに、


「キース様、参りましょう」


と促され、冒険者ギルドへと向かう事になった。


あまりの事に圧倒され俺は、


『ナッツって…かなりヤリ手だな…』


と、感心しつつも、


『前世でも、今世でも値引き交渉などしたこと無いし、俺って何も出来ないんだな…前世も今世も引きこもりだったから…』


と、己の基本性能の低さと人生経験の少なさを痛感しながら自宅から追放された時以上にショックを受けて肩を落としつつ冒険者ギルドに向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る