〈自宅警備〉というスキルしか有りません

ヒコしろう

第1話 八方塞がりなスタート


父と兄が戦地にて死んだ…


俺の事を散々、


「クソみたいなスキルしかない出来損ない!」


と蔑んでいた二人ではあるが…それでも家族の死は辛いもので、俺は自分部屋にある小さな窓から遥か遠くの空を眺めながら家族の事を思い起こしている。


俺はこの国の子爵家の次男として今回の生を受けた…

そう、今回と言っているという事はがあったのだが、特に何の楽しい思い出も無い残念な人生だった記憶しかない…

介護の仕事に就き、そして腰を痛めてしまい大きな病院の名医と評判の先生に手術をしてもらう事になったのだが、しかし、名医と云えど人の子…失敗はする。


結局、俺は歩いて入院をして手術を受けたが一生車椅子生活になり退院する結果になってしまったのだ。


そして、悪い事に名医のプライドから非を認めず、こちらが「訴える!」とも何とも言わない状態で、部下の医師が、


「手術の際に書類に判子をつきましたよね?!」


と、謎の圧をかけてくる始末…

アラサーで車椅子ユーザーになり職は勿論、何もかも失った俺にはもう裁判などという戦場に赴く気力は無く、結果として何の保障も無い状態のクソみたいな人生がスタートしたのだった。


釣りやDIYが趣味だったが、家からもほとんど出ずにすることも無く、何とかこの体で独り生きていく事がやっとになり、として晩年を過ごした…いや、それしか出来なかったのだ。


痛みや動かない下半身と戦う日々だったのだが、何故か気がつけばこの世界で五歳になると受けられる祝福の儀で教会のオッサンに、


「ナルガ子爵家、次男キース…魔法適性無し!保有スキル(自宅警備)!!」


と、宣言された瞬間に前世の俺を思い出したらしくこの世界での人生をスタートさせたのだった。


幼い子供の記憶と前世の記憶が混ざる様な感覚に少し酔いながらも何とか耐えていたのだが、そんな事よりも問題なのはこの世界では『魔法を使える奴が偉い』という世界であり、この才能ばかりは魔法適性の有無が大事で、どう頑張っても後天的には手に入らない能力なのである。


魔力とやらはそれなりに皆持っているらしいのだが、適性が無いと如何に訓練しても魔法を操れないので無駄なのだそうだ。


一般家庭ならば魔法適性の無い子供など沢山居るし、むしろ適性が有る方が少数なのだが、しかし、下っぱ貴族と云えど、お貴族様の家で『魔法適性無し』の判定は問題外のようで、

まだ、魔法が使えなくても授かったスキルが剣術や槍術等であれば良かったのだが、得体の知れない『自宅警備』という何ともアレな名前のスキルではとても戦地にて役に立ちそうもない。


正直、貴族家の子供としては詰んでいる状態からのスタートであるのは幼い俺にも理解は出来た。


そしてこの日、自動的に跡目争いから外れる事になった俺は父から、


「15までは養ってやるが、それ以降は領地の端の畑付きの家をやるから自分で生きていけ!」


と宣言され、その日を境に屋敷でも家族とは別棟で暮らし、


「他家にお前の存在がバレるから…」


と、学校にも行かせてもらえなかった。


ただ、生きてゆくのに文字ぐらい読めなければと、情で家庭教師をつけてくれたのが父からの最後のプレゼントだったのだろう…

兄と俺を産んだ母は既に若くして病に倒れ、俺を蔑む父と兄…そして、俺を嫌いではないが多分俺の事を兄とも慕っていないであろう腹違いの弟とその母親からも冷たくあしらわれ、誰も俺の味方が居ない屋敷で唯一の味方が父が気まぐれで購入した同い年の奴隷の少年〈ナッツ〉だけだ。


ナッツは、俺専属の使用人であり屋敷での俺の唯一の話し相手であった。


俺はあの祝福の儀でスキルを鑑定した日以来何年も屋敷の書庫と離れの自室を往き来するだけの日々で、ナッツが離れに持ってきてくれる飯を食べて、ナッツ以外とはろくに会話も無く、たまに廊下で家族に会えば嫌味を一方的に言われる生活を送ったのだが、しかし、そんな事ぐらいでは俺の心は折れなかった。


なぜなら、前世でもっと酷い状態を経験していたからだ。


どうやって最期を迎えたかすら思い出せないが、終始クソみたいな日々を不自由な体のまま大半の人生を耐えた記憶がある。


なので、今の自由に歩けるし走れる体で痛みに悩まされる事もなくて、前世では自宅に引きこもり誰とも話さなかったが、今回はナッツが話し相手になってくれるので他人とも関われている。


大概の知識は屋敷の書庫で手に入るし15までは飯まで付いてくる…軟禁生活とはいえ前世から考えたらかなりの好条件である。


まぁ、飯のお味が前世より微妙にアレなのはこの際目をつむる事にするが…

そして俺は、この家を出たらなるべく目立たず一般的な生活を謳歌する予定でいる。


知識を蓄え何かの商売を始めるか、はたまた最悪でも冒険者になればギリギリその日暮らしぐらいは出来るだろうし、


『可能であれば、可愛いお嫁さんを貰えたら最高かな?…』


などと軽く考えていたある日、ナッツが慌てながら父と兄の訃報を持ってきたのが俺の14歳の誕生日の翌日だった。


勿論、俺の誕生日など誰からも祝われる事もなく、ひっそりと14歳になったわけだが…


『そろそろ独りで生活するための準備と、15歳で貰える予定の家の手入れと、畑の開墾をしなければ、すぐに自給自足は難しいかな?』


などと俺が呑気に考えていた矢先に、戦死した父に代わり二歳年下の弟〈マイア〉がナルガ子爵家の当主になったのだ。


そして、葬儀や家のゴタゴタが一段落した日…マイアが俺を呼び出し、


「父上が出来損ないのお前と交わした約束など知らない…今日というのは余りにも可哀想なので、明日の日暮れまで猶予をやるから出ていけ!」


と言われたのだった。


俺は、


「15まではと父上が仰っておりましたし、家も、領地の端の畑付きを…」


と抗議しようとするとマイアが、


「えぇい!父上との約束など知らんと言っている!!

せめてもの情で、あの奴隷は連れていけ!二人で冒険者でもすれば飢え死にはしないだろう」


と俺の抗議を遮り、一方的な追放が宣言されてしまったのだった。


俺は困り果てながらもマイアを見ると、弟の周りには今までの兄一派ではなく第二夫人の周りの面々が、クスクスと追放宣告を受ける俺を笑っていたのだった。


しかし、この瞬間に俺は色々納得してしまった。


『多分彼らは第一夫人の息子の俺が煙たいのだろう』


と…

この急な追放は、屋敷に残っている兄の一派が俺を担ぎ上げないようにしたい意図がみえみえだ。


『もう、跡目争いからは脱落している俺を警戒して、ご丁寧に…何ともご苦労な事だな』


と呆れながらも、この状況になった事を理解した俺は大人しく弟の指示に従う事にしたのだった。


そうして、この日俺は住む場所すらも無くしてしまったのだが、正直な感想としては追放に関して驚く程に無念な思いは無くて、ただ本人的には少し予定が早まったぐらいの感覚であり、むしろ畑付きの家が貰えない事の方にガッカリしたくらいで、それどころか追放されるというのに、


『元気な体があるので何とか出来る…というか、色々やってみたい!』


という気持ちが勝ってしまっていた。


そして、部屋を見回しても特に持ち出す物も無い牢獄の様な離れから翌日の朝一番にナッツと二人で旅支度も何もない状態で屋敷を出ることになり、長年住んだお屋敷に形ばかりの一礼をして門の横の通用口をくぐる。


一瞬であるが屋敷の二階にマイアの小さな影が見えたような気がしたが、


『多分見間違いだろう…』


と一人で納得してからナッツと並んでトボトボと小高い丘の上に建つ屋敷から下の街を目指して二人で歩き始める。


俺はナッツに、


「ナッツ、俺が15歳で家を貰えたら正式に解放してあげる予定だったけど、解放が早くなって良かった…のかな…ナッツはこれからどうするの?」


と聞くと、ナッツは、


「水くさいですねキース様…

昨日マイア様に奴隷解放の手続きをしてもらい、兄を頼むと言われておりますので一緒についていきますよ。」


と言い、ニコニコしながら歩いている。


俺は、


「えっ、マイアが!?」


と驚くが、ナッツは、


「これを」


とだけ言って俺に手紙を差し出してくる。


俺は足を止めてその手紙を受け取り読み始めると、そこには、


『兄上へ、


兄上、この度は何も持たせずに追放してしまい申し訳ありません。

兄上に家を用意する事を母上やその側近達に納得させられなかった僕の力の無さが原因です。

これで、何とか生き抜いて下さい。

あのまま家に居れば兄上は命を狙われていたでしょう…こうするしか僕には兄上を守れる手段が思い浮かびませんでした。

しかし、数年後に僕がこの屋敷で力をつけて周りを黙らせる事が出来るようになれば、必ず兄上を探して全力で支えます。

この屋敷で第二夫人の子供でも分け隔てなく接してくれたのは兄上だけでした…

兄上が離に幽閉されてからは、母上の言い付けもあり会いに行くことも許されませんでしたが、兄上には感謝しているのです。

それなのに…ごめんなさい…また会える日を楽しみにしています。


貴方の弟、マイア・ツー・ナルガより』


との内容の便箋と、マイアの貯めたお小遣いなのか小金貨一枚と大銀貨二枚が入っていた。


俺は、


「あの時の二階の窓の影は…見間違いじゃなかったのか…」


と呟き、隣に立つナッツを見ると、


「だからいつも私が言ってたでしょ?

あの家で、キース様を心配してる人間が私以外にも居るって…」


と言ってニッコリと俺に微笑むナッツと二人でもう一度屋敷を眺め、そしてまた歩きだしたのだった。

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