第3話:女三人寄れば?

「なんて髪になってしまったの。すぐに直させるわ」

「いいえ」

 シシリアの言葉にフローレンスは首を振る。

「このままで帰るわ。ありがとう」

 聡いシシリアは、はっと思い当たって扇の影で小さな声で話した。

「ご家族へ見せるのね」

「ええ。エルマーがわたくしに何をしたかきちんと見ていただかないと」

「わたくし、証人として付き添うわ」

「ありがとう」

 シシリアの言葉に素直に礼を言う。

「目撃者と証人は多いほどいいのよ」

 と微笑んで。


「皆様申し訳ございません。わたくしはフローレンスを送るのでお見送りはできません。わたくしのガーデン・パーティーでこのようなことが起こったのは、残念でなりません」

 そう言いおいてシシリアはフローレンスを支えるように退出した。


 後に残された出席者達は、エルマーの非道をあるものは小声で、ある者は声高に論じたてながら帰途についた。


「令嬢の髪を鷲掴みにするなんて」

「なんて乱暴な」

「それを見ているのに、平然と笑って薔薇を受け取ったローレン嬢の気持ちがわからないわ」

「シシリア様の行動には胸がすっとしましたわ」

「ベルトラン公爵家に出入り禁止とは、当然の報いだ」

「家の商売にも差し障りが出るだろうな」

「わたくし、ガーフィットの名がつくものは買わないと父に申します」

「わたくしも」

「アディネス商会へ、ガーフィットの名を削除するよう忠告しよう」


 エルマーの行いがここまで波紋を広げた。


 ***


「まあ!フローレンス!どうしたの!?」

 出かける時は薔薇を飾るために編んで結い上げた髪を、ぐしゃぐしゃに乱された状態で帰ってきたフローレンスに、母パトリシアが駆け寄る。

「エルマーですわ。髪を鷲掴みにして、わたくしが贈った薔薇をむしり取ったのです」

 シシリアが説明する。

「まあ」

 絶句するパトリシア。

「申し訳ございません。パトリシアおばさま。エルマーはあの体たらくなので招待していなかったのですが、ローレン・キンバリー子爵令嬢を連れて乱入してきたのです」

 謝罪するシシリアにパトリシアは首を振った。

「フローレンス、もうすぐにでも婚約を解消しましょう。バーナードに言うわ」

 母の思いやりをありがたく思いながら、フローレンスは首を振った。

「いいえ、お母様。まだですわ」

「何を言うの、フローレンス!」

 おろおろするパトリシアにフローレンスは尋ねる。

「お父様はどちらに?」


 パトリシアは一瞬困ったような顔をしたが、すぐにぱっと面白そうな表情になり言った。

「今、ガーフィット伯爵と面談中なの。なんでも最近、商会にガーフィットへの苦情が来ているんですって」


 今日の出来事に限らず、今までエルマーは、特にローレンを傍に置くようになってからの行状が問題になっていた。

 このままグリフィス公爵家に婿入りすることや、アディネス商会へ入ることも危惧する者や反対する者が出てきているのだ。それは外部からだけではなく、内部からも出ていた。

 それをガーフィット伯爵が相談に来て、グリフィス公爵に助けを求めているのだ。


「さ、いらっしゃい」

 普段ならば、来客中には決して執務室へ入らないパトリシアが二人を連れてドアを叩く。そして返事も待たずに入室した。


「何事だ」

 バーナードが静かに問う。

「こんにちは。ガーフィット伯爵。あなたにも見ていただきたくて来ましたのよ」

 ツンと冷たい顔でパトリシアが告げ、フローレンスとシシリアを招き入れる。

「シシリア様、説明をもう一度お願いします」

 シシリアは朗々とした声で話した。


「わたくしのガーデン・パーティーに、招待していないエルマー・ガーフィットが乱入してきて、フローレンスの髪に飾られた薔薇をむしり取ったのです。エルマー・ガーフィットはフローレンスの髪を鷲掴みにして、さらには突き飛ばしたのです。そして薔薇を、こともあろうに別の令嬢の髪に挿しました」

 シシリアはわざとエルマーに敬称をつけなかった。それはシシリアが格上の公爵家であることを強調し、エルマーの無礼を示唆していた。

「ガーフィット伯爵、その令嬢の名前はローレン・キンバリー子爵令嬢です」

 そして艶やかに笑った。

「わたくし、エルマー・ガーフィットはフローレンスの婚約者だと思っておりましたが、キンバリー子爵令嬢でしたの?最近はいつも連れ立っていらっしゃるから、そうなのかと思っておりましたけれど、本当でしたのね」


 ガーフィット伯爵の顔は蒼白になった。


「どういうことかね」

 グリフィス公爵が冷たい声で問う。


「そう言えばここ半年ほど、夜会にもお茶会にもエスコートに迎えに来ていらっしゃいませんわ」

 パトリシアが付け加える。

「エルマーはローレン・キンバリー子爵令嬢とご一緒でしたのね」

 三人の女性に、ガーフィット伯爵は冷たい白い目を向けられたじろいだ。

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