第4話:ガーフィット伯爵の誤算

「わたくし、もうガーフィットの名が連なる商品は購入したくありません」

 シシリアは冷たく言い放つ。


 まさにその問題を話していたガーフィット伯爵は慌てた。

 慌てると本性が見えるもので、ガーフィット伯爵は脅しめいたことを言い始めた。

「そうすると、あなたのお使いになっている石鹸や香水や美容液などが手に入らなくなりますよ」

 シシリアは我が意を得たとばかりに笑った。


「まあ、ベルトラン公爵家が市販のものを使っていると思っていらっしゃるの?我が家ではアディネス商会へ特別にオーダーしたオリジナルを購入しておりますのよ。グリフィス公爵家とサローネス伯爵家の共同開発ブランドのものです。他の物も同じようにガーフィット伯爵家以外のものにすればいいだけの話です」


 実はガーフィット伯爵家の名が連なるブランドは少々品が下り、中級貴族の一部から庶民向けのものだった。

 それも最近は他のブランドが品質の良いものを大量生産を始め、徐々に客層がそちらへ流れているのだ。

 ガーフィット伯爵は焦っていた。


「ガーフィット伯爵」

 グリフィス公爵が静かな声で言う。

「フローレンスは十七歳になった」

 それだけ言えば十分とばかりにガーフィット伯爵を見やる。


 ガーフィット伯爵はさらに慌てた。

「まだ!」

 思わず大きな声を上げたことに気づいて、ガーフィット伯爵は言い直した。

「まだエルマーが十七歳になるまで三か月あります。それまでに言動を改めさせます」

 しばし沈黙が流れた後、グリフィス公爵が冷たく告げた。

「では三か月待つことにしよう。アディネス商会の問題も同じく」

 そしてベルを鳴らした。

「ガーフィット伯爵のお帰りだ」

 ガーフィット伯爵は打ちのめされて帰って行った。


 ***

 自宅に帰ったガーフィット伯爵は、エルマーを呼んだ。ところが留守だという。妻のアイラはおろおろしている。長男のカリオンと次男のチェスターも一緒だ。二人は怒っていた。

「どうしたんだ」

 ガーフィット伯爵が尋ねると、アイラは手を揉み絞って訴えた。

「エルマーがわたくしのルビーのネックレスを持ち出したのです。ローレン・キンバリー子爵令嬢へ贈ると言って」

「なんだって!?」


 アイラの言うルビーのネックレスとは、ガーフィット家の女主人に受け継がれるものだ。

 来月、長男のカリオンの妻のコートニーに贈られることになっていた。

 三男のエルマーは触れることも許されない。


「エルマーの横暴にはもう我慢がなりません」

 カリオンが詰め寄る。

「エルマーは、自分はグリフィス公爵になると自惚れているのです。なぜ父上はフローレンス嬢が次期公爵だと教えないのですか」

 チェスターも憤懣やるかたない様子だ。


「エルマーは取り返しのつかない失態を起こす前に勘当するべきです。フローレンス嬢との婚約も解消してさしあげるべきです」

 カリオンは決めつけた。

「社交界でのエルマーの行状は、すでに進退窮まっています。いっそローレン・キンバリー子爵令嬢と一緒にさせて地方の領地へ送った方がガーフィットのためです」

 チェスターが淡々と言う。


 しかし、公爵家と縁続きになる甘い夢を、ガーフィット伯爵は諦めきれない。

「まだ三か月あるのだ。どうにか言動を改めさせられないものか」

 二人は激高した。

「父上のその甘い態度が、エルマーを増長させたのですよ!」

 チェスターが父に攻め寄る。

 それを押さえてカリオンが告げた。


「父上、この書類に署名をお願いします」

「なんだこれは?」

「家督と商会権を私に移譲する書類です」

「ばかな!!」

 ガーフィット伯爵はカリオンを怒鳴りつけたが、彼は一歩も引かなかった。

「このままではアディネス商会での立場もなくなります」

「あと三か月待ってくれ」

 気弱に言う父にカリオンは容赦しない。


「条件をつけましょう」

 父親への情を感じさせない態度でカリオンは言う。

「今夜、エルマーがフローレンス嬢に真摯に詫びを入れて、婚約をこちら有責で解消すること。ルビーのネックレスを返還すること。それが成立すれば、エルマーを地方の領地に封じるだけにします」

 カリオンの言にガーフィット伯爵は激高する。

「父親への尊敬はないのか!」

 息子二人は白々とした表情だ。

「情も尊敬も尽きる寸前です」

 そして尚も詰め寄った。

「さあ、署名をしてください。あなたはもう終わりなのです。すぐに執行はしませんから」


 アレン・ガーフィットは、壮健な二人の息子によって机に座らされて、渋々署名をした。


「エルマーが帰ったら、しっかり言い聞かせて実行させてください」

 アレン・ガーフィットは両手に顔を埋めた。

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