第2話:薔薇とガーデン・パーティー

 シシリアがフローレンスのために開いたガーデン・パーティーは、彼女の自慢の薔薇園で開催された。

 ベルトラン公爵家の令嬢が主催ともなれば、招待客はシシリアの独断で選ばれた。


 シシリアやフローレンスと親しい令嬢やその婚約者だ。

 もちろんフローレンスを侮っているエルマーやローレンは招待されていない。


「なぜあんなクズ男と婚約を続けるの?グリフィス公爵家なら引く手数多でしょう?」

 シシリアは憤慨していた。フローレンスはシシリアの気持ちを嬉しく思い、少し微笑んだ。

「もう十七歳になったから、あと半年で婚約解消する予定よ」

 とこっそり耳打ちする。

「できるだけあちら側有責で解消したいの。わかって」

「そうなの!?」

 シシリアはあからさまに嬉しそうな顔をした。


「それよりこれ」

 フローレンスは髪に飾った艶やかな深紅の薔薇にそっと触れた。

「とても綺麗ね。さすが"シシリア"の名前にふさわしい薔薇だわ」


 その薔薇はベルトラン公爵家の庭師が丹精を込めて交配した、「シシリア」と言う名前を冠した新種だった。

 このガーデン・パーティーの招待状を持つ者には、当日一輪ずつこの薔薇を贈られて、参加者は身に着ける趣向だった。


 シシリアは頬を染めて笑った。

「フローレンスの栗色の髪によく映えるわ」

「あら、この薔薇はシシリアの黒髪にあってこそよ」

 二人は笑い合った。


 その時、薔薇園の入り口が騒がしくなった。


「困ります」

 使用人達が立ち騒いでいる。


「うるさい!俺を誰だと思っているんだ!」

 不躾なその声にシシリアの美しい顔が歪む。

「まあ!エルマーだわ。恥知らず」


 エルマーは止める使用人達を振り切って、会場に入ってきた。もちろん腕にはローレンがぶら下がっている。

 にこにこ笑ってシシリアに近づいて言った。

「招待状はないけれどいいだろう?俺はフローレンスの婚約者だし」

 シシリアは苦虫を噛み潰したような顔を扇で半ば隠した。

「いいえ。あなたは招待しておりません。お帰りください。もちろんそちらのご令嬢も」

「そんなぁ」

 ローレンが鼻にかかった不平を唱える。

「そう言ってくれるな。どうしてもローレンがこの薔薇園を見たいと言ったんだから」

「ではもうご覧になったのだからお帰りを」

 取り付く島もなくシシリアが扇て出入り口を指す。


 ぐわっとエルマーの顔が歪む。

「フローレンス!!」

 矛先がフローレンスに向かった。

「お前はどこまでも心が狭いんだ!いつも不遇なローレンが可哀想だと思わないのか」

 思うものですか。

 心の中で呟いたが、フローレンスは扇に顔を埋めるだけだ。


「招待客を決めたのはわたくしよ!わたくしの薔薇を身に着けた方だけのお茶会ですの。さあ、薔薇を持たない方はお帰りになって!」

 シシリアは激高寸前だ。


「薔薇…」

 エルマーは周りを見回す。

 皆、髪や胸に深紅の薔薇を飾っている。もちろんフローレンスの髪にも。

「この薔薇があればいいんだな」

 そう言ってエルマーはフローレンスへ迫る。


 まさかとフローレンスは思ったが、引いた体を逃がすまいとエルマーは彼女の髪を引っ掴み、飾られた薔薇をむしり取った。

 会場の誰もがどよめき、立ち上がった。


 そんな周囲の様子に気づかず、エルマーは奪い取った薔薇をローレンの髪に飾る。

 その瞬間シシリアは扇でローレンの髪に飾られた薔薇を弾き飛ばした。


「わたくしの大切なお友達になんという無体を!!」

 髪をいきなり鷲掴みにされ、勢いよく放されたフローレンスは頽れてしまっていた。

 すぐに立ちあがって体勢を立て直したフローレンスは決意した。


 誰が円満な婚約解消をしてやるものか!手酷い婚約破棄をしてやるわ!


「誰か!この無礼者二人を放り出して!二度とベルトラン公爵家への立ち入りを禁じるわ!!」

 二人は何かをわめいたが、護衛に連れ出された。


 フローレンスの周りに招待客が集まり、彼女を労わった。


 残念ながらベルトラン公爵家のガーデン・パーティーはこれてお開きにならざるを得なかったが、フローレンスにとっては多くの目撃者を得た結果となった。


 今般の騒ぎは、フローレンスへの無体だけではなく、たかが弱小伯爵家の三男と子爵家の娘の、ベルトラン公爵家への無礼なのだ。


 数日のうちに噂はそこここに広まること間違いない。

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