二月十四日

描記あいら

第懇話 ハッピーバレンタイン

 下校のチャイムが鳴り響く中、私は黒板を見ていた。今日はまだ終わっていないけれど、教室はもう明日を示している。2月15日、と掃除をして綺麗になった黒板に書かれている。いつもは特に気にしないけれど、今日だけは明日のことを意識してしまう。教室の時計は午後3時半を示している。あと8時間半もすれば明日になってしまう。私は早まる鼓動を落ち着けるように、目を閉じて深呼吸をした。


 今日は2月14日、バレンタインデーだ。教室や廊下からは歓談の声が聞こえてくる。きっとチョコの交換が行われているのだろう。今日家庭科があったクラスは特別授業でお菓子を作っていたらしい。朝にも、そして昼休みにもチョコの交換は行われていたけど、放課後はもっとにぎやかだ。


「座りっぱなしでどうしたの?ホームルーム終わったよ。さてはまた誕生日祝ってくれる人は誰もいなかったな……なんて思ってるんでしょ。毎年落ち込んじゃってさー、祝ってあげるからはやく帰ろ」


 声をかけてきたのは望月もちづき二葉ふたば。二葉はそのまま私のバッグに手をかけ、廊下に向かって歩き出す。二葉とは幼稚園の頃からの付き合いで、私の誕生日を知る数少ない、友達の中では唯一と言っていいかもしれない存在だ。というか二葉しか懇意にしてる友達はいないけれど。


 西日が窓から差し込んできてあくびが出る。先に行ってしまった二葉を追いかけるように教室を出ると、開けっ放しにされた窓から冷たい風が流れ込んできて前髪が乱れる。それを見た二葉が私の代わりに前髪を直してくれる。


「だいたいとよかは自分の誕生日とか言わないじゃん、それで毎年なに言ってんだか」


「だって自分から言うとか祝ってほしいみたいでなんか嫌じゃん」


「まあでもチョコはいっぱいもらったんでしょ?」


「それとこれは別だよ、お返し大変だし」


「とよか不器用だもんねー」


「ほんと……今年も手伝ってくんない?」


「ま、毎年だからね、任せて」


 はいおしまい、と二葉は前髪だけでなく制服まで整えてくれた。ありがとうと返して、ついでにカバンも受け取る。来た時よりも少しだけ重くなったそれを肩にかけて私たちは帰路についた。


 私立美澪みれい女子大付属高等学校には、珍しい部活が多く存在している。運動部はサッカー部やバスケ部に始まり、チア部や弓道部、フェンシング部などがあり、文化部は吹奏楽部や美術部に始まり、茶道部や写真部、料理部、香道部なんかもあったりする。部活動への加入は校則で定められていて、私は弓道部、二葉は料理部に所属している。


 部活に力を入れているだけあって部活棟も多く建てられている。また部活を目当てに全国各地からくる生徒のために寮も設けられている。非常に広い敷地から抜け出すために、校舎を出てからも少し歩かなくてはならない。ここだけは美澪高校の悪いところだ。けれど春は道に植えられた桜の木が満開になって綺麗な景色を楽しむことができる。2月の今は桜は咲いていないけれど。


如月きさらぎ先輩っ!ちょっといいですか?」


 校舎を抜けてすぐのところで、部活の後輩の弓宮ゆみみや由美ゆみに声をかけられた。


「由美ちゃん?どうしたの?」


「えっと、この子たちが如月先輩に会いたいって」


 由美ちゃんの後ろには二人の女の子が気恥ずかしそうに立っていた。私は何も言わずに後ろの二人に笑顔を向ける。すると二人はお互いのことをちらっと見て、意を決したように一歩前に出てきた。


「「如月先輩……これ受け取ってくださいっ!」」


 二人の声と同時に差し出されたのは、ラッピングの施された小さな箱だった。中身は言うまでもないだろう。


「ありがとう、うれしいよ」


 受け取った二つの箱をバッグにしまう。ほんの少しだけ重くなったバッグに寂しさを覚えつつも、表には出さないように笑顔を保つ。そして二人のクラスと名前を教えてもらってからお別れをする。別れ際に由美ちゃんからは、先輩ってほんと女の子にモテますよね、とからかわれた。一連の様子を隣で見ていた二葉に、おまたせ、と声をかけて再度歩き出す。


「今ので7個目……とよかのファンが二人も増えたか」


 感慨深そうな声で二葉が話しかけてくる。


「そんなこと……あれ私ちょっと困ってるんだから」


「えーいいじゃんファンクラブ!私も運動部だったらファンクラブとかできてたかなー」


「あんまりいいものじゃないからない方がいいよ。最初はちょっと嬉しかったけど、なんか周りから距離置かれて友達もできないし……」


「まあそうかも、でも私がいるじゃん。ということではい、これで8個目だね」


 そういって二葉はカバンからチョコを取り出す。私も二葉にあげるチョコを取り出して交換をする。


「私からも、まあ一緒に作ったやつだけど」


 毎年恒例、直前の休みの日に一緒につくったチョコの交換。他の子がくれた分はホワイトデーにお返ししているけれど、二葉の分だけは毎年この日に渡している。


 私は二葉のくれたチョコを1つ口に入れる。


「今回のはミルクティーショコラってやつ、香りもいいでしょ」


 と二葉が教えてくれる。これでも二葉にとっては作るのはそんなに大変じゃないらしい。。鼻から抜ける香りも楽しみつつ、舌の上でチョコを転がす。甘さがほどよくてとてもおいしい。


「さすが料理部、すごくおいしい」


「まあバレンタインより誕生日のが凝りたいから、そんなに時間かけてないんだけどね」


 口ではそんなことを言うけれど、二葉は嬉しそうに頬をかいていた。


 そんなこんなで私たちは二葉の家まで帰ってきた。今日は二葉の家で誕生日パーティー。私の両親は海外を飛び回っててあまり家に帰ってこない。だからパーティーは毎年二葉の家でやっている。私のお母さんと二葉のお母さんは大学の同期で仲が良かったらしい。それで両親が家を空けるときはいつも二葉の家にお世話になっていた。


「おかえり二葉、とよかちゃん」


 そういって二葉のお母さん、望月もちづきいつきさんが出迎えてくれた。ただいま、と返事をして二葉の部屋に駆け込む。樹さんの勧めでお風呂に入り、いろいろ済ませて18時。先にお風呂を済ませていた二葉がキッチンでケーキ作りをしていた。


「お、とよか。今ちょうどクリーム塗るとこなの、やってみる?」


「いや無理無理、ガタガタになっちゃうもん」


「だよね知ってた」


 最後の飾りつけのときは一緒にやろうね、と二葉は作業に戻る。その手際は見事なものだ。綺麗に焼きあがった生地に対して、ナイフを使ってあっという間にクリームが塗られていく。上手な人の料理姿は見ていて飽きないものだなと思いつつ、私はその様子をスマホで写真に収める。


「あーまた撮ってる、もう……撮るならちゃんとかわいく撮ってよね」


「任せて二葉、私これだけは得意だから」


「これだけって……弓道部副部長がよく言うよ」


「そ、それは今関係ない……じゃん!」


「今日もらった9個のチョコはそのおかげだと思うけど?」


 痛いところを二葉に突かれる。私は無言のまなざしで二葉に向かって抗議をする。


「まあ弓道やってるときのはかっこいいからねー、普段はこんな感じなのに」


「こんな感じってなによ」


「言っていいの?」


「……言わなくていい」


 うなだれている私をよそ目に二葉は作業を終えたようで、飾りつけしよ、と声をかけてきた。二葉に言われるがまま、ホイップクリームの上にイチゴを飾り付けていく。チョコペンをつかってデコレーションして、最後に粉砂糖を振りかけて完成。


「できたー!!!」


 完成したケーキを二葉が食卓に運んでいく。他の料理は樹さんが作ってくれて机の上はいっぱいだ。


「片付けくらいは私がやるよ」


「ほんと!じゃあ私ちょっと休憩するね」


 リビングに腰を落ち着けた二葉を見てから、私はキッチンの片付けを進める。何度もお邪魔しているからどこに何を片せばいいかは把握している。手早く洗い物を済ませ、私は樹さんと二葉が待つリビングへと向かった。


 誕生日パーティーは滞りなく終わり、二葉の部屋に戻ってきていた。私は改めて二葉にお礼を言う。


「二葉、今日はありがとね」


「どういたしまして、ケーキめっちゃ美味しかったでしょ」


「ほんとめっちゃ美味しかった」


「へへっ、とよかはチョコよりもショートケーキのが好きだもんね。頑張った甲斐があったよ」


 バレンタインと言えばチョコの日。だけどチョコケーキじゃなくてショートケーキを作ってくれたのは、私の好きを知ってる二葉だから。もちろんチョコだって好きだけど、生クリームとイチゴには敵わない。それに二葉のつくるお菓子はお店のよりもずっと美味しく感じる。


「明日は何作るの?」


「えっとね、アップルパイにしようかなって」


「ほんと?楽しみにしてるね!」


「うん頑張るよ、年に1回の大仕事」


「そんなに気負わなくてもいいってば、まあ嬉しいけどね」

 

 2月14日、バレンタインデー。私、如月きさらぎ十四日とよかの誕生日。

 

 そして明日の2月15日は、私の親友、望月二葉の誕生日。


 樹さんと一緒に練習したアップルパイ、二葉のために頑張って作らなきゃ。

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