第4話 人魚姫の涙


 「お前は、死が怖くはないのか?」


 レオンは、人魚姫に問う。

 人魚姫は声が出ず、答えが返ってこないことを知っていても、彼女のわずかな表情やしぐさから何かを読み取れることを信じて。

 人魚姫は、震える手を握り締めしゃがみ込む。流れる涙はぬぐうことが出来ず、こぼれ落ちた雫は美しい真珠となりコロコロと音を立ながら甲板に転がった。


 怖いに決まってる。


 夜が明ければ、私は泡になって消えてしまう。

 足を手に入れた対価に声を失った。


 では、命はなんの対価だというのだろう?


 人間に、真実の愛の口づけをしてもらわなければ、泡となって消えるなんて……。

 足を得て見た目だけは人間のようになっても、私は海の世界の法則に縛られている人魚。

 それが逃れることのできない運命。


 王子からの愛の口づけ……。


 それさえあれば、人間になれたのに、陸の上できらきらとしたものがこれからも見ることができたのに……。

 人魚姫にはもう、運命にあらがう術は残されていなかった。

 

「もっとあがけ。お前は諦めがよすぎる!」


 いまにも消え入りそうな人魚姫のか細い両肩をレオンが強く掴む。

 レオンに責め立てられ、人魚姫はキッと睨み返すが、すぐにその瞳は涙でぬれた。


『あなたに何がわかるというの! もう、放っておいて』


 腕を振り払おうとするが、びくともしない。

 あと数時間で命が終わるというのに、どうして責められなければいけないのか、静かに逝かせて欲しいだけなのに! と、人魚姫は声なき叫びを上げた。


 レオンはそれが聞こえているかのように、ただ人魚姫の怒りと悲しみを受け止める。


 人魚姫が小さなこぶしでレオンの胸板をたたいたところで、騎士然とした彼の体が揺らぐことはなかったが、その表情は刃で傷つけられたかのように痛みを堪えているようだった。


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