第2話 人魚姫の姉



 そうしてしばらく、人魚姫がアメジストのような淡い紫色の瞳で夜空を見上げていると、海から懐かしい声が聞こえた。


「王子の愛の口づけを得れば人間になれるけれど、

 そうでなければあなたは、朝日と共に泡になって消えてしまうなんて……」


「泣かないで人魚姫。かわいい私たちの妹姫」


『おねえさま!?』


 声を失った人魚姫は、心の中で驚きの声を上げ、手摺から身を乗り出して海を覗き込む。

 すると、美しい5人の人魚が、海から顔をのぞかせていた。



「声だけでなく、命もかけて陸に上がったというのに、あなたがどうして幸せになれないの?」


「戻ってきていいのよ。かわいい妹よ」


「海の宮殿の皆は、あなたの帰りを待っているわよ」


『人魚に戻る方法なんてありはしないわ……』


 絶望的な気持ちで人魚姫は首を横に振った。


「いいえ、人魚に戻れる方法が一つだけあるのよ。この魔法の短剣を受け取って!」


 波間から、闇のように黒い刀身の短剣が甲板に投げ込まれた。

 それは、月明かりに照らされ、鈍く光る。


「王子は、別の人と結婚してしまったのだから、朝日が昇ればあなたは死んでしまうわ」


「人魚姫、そうなる前にその短剣で王子を殺しなさい。

 王子の命と想いを断ち切れば、あなたは何もかも忘れてまた人魚に戻れるわ」


「さあ、一思いに王子を殺っておしまいなさい!」


 姉たちの声に、人魚姫はビクリと肩を震わせた。

 小さいけれど、魔の力が宿る短剣が姫の手に渡った。


『お姉さま方……。

 あの長く美しい髪と引き換えに、この短剣を手に入れたのですね』


 姉姫たちの髪がうなじも露わになるほど短くなっていることに気づき、人魚姫の胸は痛んだ。


「髪など、あなたの命にくらべれば惜しくはないわ。それよりもどってきて、私たちの小さな人魚姫」


『お姉さま……。ありがとう。でも、それはできません。

 罪なき人の命を奪うことなど……。

 それに、あの人の幸せが私の望みだったのです』


 だからこれでいいの……と、人魚姫は姉姫たちを安心させようと笑みを浮かべたが、それは風が吹いただけでも崩れてしまいそうなものだった。


「ダメ。気をしっかり持って!」


「海の宮殿に戻ってきて」


「かわいいあなたに振り向きもしなかった王子に気兼ねなどすることはないわ」


「あなたが嵐から救った命ですもの、あなたが奪ってもいいはずよ」




 ――― さあ、はやく夜明けまで時間がない!





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