【短編】魔法のキスはまだ有効? ―人魚姫異聞―
天城らん
第1話 最後の夜に近づく影
皆が寝静まった甲板には、月光の囁きと懐かしい波の歌声だけが静かに響いていた。
船上での盛大な婚礼の宴が終わり、王子とその妻、各国の来賓客も船室で眠りについていることだろう。
人魚姫は、夜空を見上げ柔らかな金の髪を潮風に梳かせながら、最後の夜を振り返っていた。
楽しいこともつらいことも色々あった。
声を対価に足を手に入れたことは大変なことではあったが、海の底にいては生涯見ることのない陸の景色や人間の想いを知ることができた。
キラキラとした太陽。小鳥のさえずり。木々の緑。
人の優しさ、温もり、切なさ……。
王子と出会い恋をし、陸に上がったことに後悔はない。
人魚と人間の恋が叶わなければ、その人魚は泡になって死ぬのだと最初から知っていたら、恋などしなかったのだろうか?
いいえ、それでもきっと人間に恋をしてしまう。
人間と陸の世界にずっと憧れていたのだから……。
しかし、一途に想えば恋は実るものだと無邪気に信じていた自分の幼さが恥ずかしくもった。
人の心は、誰の思い通りにもならない。
たとえ、魔女と取引をして足を手に入れても、失った声があったとしても、王子の心は人魚姫を顧みることはなかっただろうと、今の彼女には分かっていた。
人魚姫は死よりも、自分が愛した人から愛し返されなかったことの方が悲しかった。
王子が自ら選び愛した相手と幸せになったことは人魚姫も喜ばしく思っている。
なのに、心の隅でねたましく思う自分もいることが情けなかった。
そんな気持ちも、夜明けには私とともに泡になって消える。
考えるのはよそう、心穏やかに朝日を待とう。
そう思っていても、とめどなく涙が流れその雫は美しい真珠となり、海に帰ってゆく。
――― そんな人魚姫の姿を、影から見守る男の影があることに人魚姫は気づいてはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます