哀れな男
早く来い。早く僕を知布の所へ連れて行け。
兎斗は厩舎の地下室で、飛燕が来るのを今か今かと待っていた。
足音が近づいてきて、ワッと胸が高鳴る。よかった。今日も裕翔にならずに済んだ。
けれど階段の暗闇から現れた飛燕は、裕翔ではないとわかるなり、くるりと踵を返して行ってしまう。
ふざけるなと、激しい怒りが全身を駆け巡った。
「伊千佳っ!」
兎斗は憎らしい男の背中に飛びついた。短剣を男の首に突きつける。
「兎斗……」
呆れたような声音に、ますます怒りが込み上げた。ツン、と刃先を膚に突き立てる。
「知布に会わせろっ! でなきゃあんたを犯すっ!」
「なにを馬鹿なことを。川で……朝までしたことを忘れたのか? もうお前のワガママに付き合うつもりはない。武器を下せ。俺を殺すのは全てが終わった後だろう」
「っ……」
この男は、最後に自分が殺されることを知っている。馬鹿裕翔が伝えたからだ。
でもだからこそ、それまでに自分が殺されるはずはないと高を括っている。
ならばと、兎斗は己の股間を握り込んだ。
「じゃあこっちを切ってやるっ!」
「兎斗……いい加減にしろ。俺は宴に出なければならんのだ。お前の悪ふざけに付き合っている暇はない」
兵站の完成祝いだろう。もうすぐこの国は滅びる。
「本気だっ……僕はっ……もう、耐えられないんだよっ! あんたは裕翔ばっかり……裕翔ばっかり、知布に会わせるっ……知布の乳は僕のものなのにっ……知布は僕に飲んでほしいはずなのにっ!」
「兎斗……」
飛燕が振り返る。兎斗は飛燕の二の腕を両手で掴むと、壁に押しつけた。
「っ……」
「知布はどこにいるんだよっ! 教えてくれなきゃ陰茎を切るっ! あいつに使われるのはもうたくさんだっ!」
「やめろ。下手にやれば死ぬぞ」
「ふん……裕翔とできなくなるのが嫌なんだな」
「兎斗……俺があいつとしていないことは、お前もわかっているだろう」
飛燕と裕翔が最後にしたのは、兎斗が川で犯した日。あれからひと月が経った。その間、裕翔が抱いたのは佐了だけ。
「あんたが裕翔と交わればいい。嫌と言うほど、精力が尽き果てるまでやればいい。そうすれば裕翔は知布を犯せない」
飛燕は力なく笑った。
「お前も知布とできなくなるぞ」
「っ! 僕を会わせる気なんてないくせにっ!」
「ない。お前のやり方は裕翔と違いすぎる」
肩を掴む手を飛燕に取られた。
「兎斗、お前は加減ができないからダメだ。佐了は砂漠を離れて長い。今のあいつに、タンチョウ族を受け入れる余裕はない」
「勝手なこと……言うなっ」
「お前は俺よりもわかっているだろう。佐了の言葉を直接聞いているのだから」
「だから会わせろって言ってるんだっ! 知布に直接聞くっ! ……知布だって……本当は僕に会いたいはずなんだ……あんな言葉……何か理由があって言ってるだけのはずなんだ……だって、おかしいじゃないか……僕の体なのにっ……永遠に裕翔のものになればいいのにって……何度も何度もっ……裕翔に向かって、愛してるって……そんなのおかしい……」
飛燕の瞳に同情の色が浮かぶ。
「そんな目で見るなっ!」
兎斗は飛燕の肩を突き飛ばした。飛燕は壁に背中を打ちつける。
「本気だっ!」
己の股間を握り込む。みっともないのはわかっている。ジワリと視界が涙で滲んだ。
「こんなの……なくなればいいっ……いらないっ!」
「兎斗、やめろ」
「じゃあ、知布に会わせてよ」
「ダメだ」
股間を握り込んだ手に、飛燕の手が重なる。
「兎斗、するか」
驚いて目を見開くと、飛燕は柔和に笑い返す。
「知布に会わせないなら俺を犯すと、お前が言い出したんだぞ。……それで我慢しろ」
確かに言った。けれど知布に会わせるのと、飛燕を犯すのとでは、釣り合いが取れない気がする。さっきは勢いで言ったのだ。もっと他に……いい要求がある気がする。
「しないなら行くぞ」
行こうとした飛燕の腕を、兎斗は咄嗟に掴んだ。
「する……」
飛燕はすんなりと部屋へ行き、肩から着物を落とした。二の腕にくっきりと指の痕がついている。背中にはおびただしい量の痣。でもそれは兎斗がつけたものではなく、最初からあったものだ。服越しに甲斐連がよく撫でていた。
裕翔も……撫でていた。兎斗がつけた痣ではない古傷にまで、生薬を塗り込んでいた。
背中に手を伸ばし、触れると、飛燕の体が怯えるようにびくりと跳ねた。
そりゃそうだよなと乾いた笑いが出る。一体自分は、どんな反応を期待していたのだろう。甲斐連になりたいわけでも、ましてや裕翔になりたいわけでもないのに。
これは知布に会わせないことへの当てつけなのだから、別に怖がられてもかまわない。むしろそれが目的だ。この男を痛めつければ裕翔が悲しむ。自分を怒らせたらどうなるか、きっちり思い知らせるのだ。
膝をつくよう、肩を押さえつける。おとなしくそれに応じた男の背中をグッと押し、猫科の獣が威嚇する格好にした。
腰紐を解き、ズボンをずり下ろす。繋がる部分は閉じられている。唾液で濡らした指を詰め込み、掻き回す。飛燕の尻、太ももが、ぷるぷると震え出した。
この男のために手間をかけてやる必要はない。兎斗は指を引き抜き、ズボンから萎えた状態の陰茎を取り出した。
扱いて勃たせ、まだ十分にほぐれていないそこに当てがう。飛燕が腕の位置を僅かに変えた。強い衝撃に耐えられるよう、覚悟を決めたように見えた。
腰を掴む。ひどく体に力が入っていた。グッと一息に突き入れる。
「はっ…………う、んっ……」
そこは恐怖を覚えるほど狭くてきつい。全然慣らしていないのだから当然だ。腰を引くが、ぴったりと密着していてびくともしない。
「はっ……はっ……う……」
飛燕は苦しそうに肩を喘がせている。
こんなにきついのは初めてで、焦る。川でした時は入れた瞬間に出血したから平気だった。このまま抜けなくなったらどうしよう。本気で不安になってくる。
杞憂だった。不安は股間に伝播して、そこは瞬く間に小さく萎んだ。
腰を引くとあっさり抜けた。飛燕が振り返る。
「……あんたの体じゃ興奮しない」
間抜けな不安を見抜かれたくなくて、咄嗟に言った。別に嘘というわけでもない。
「なら、やめるか」
飛燕は体を起こした。服を着る。どこかホッとしたようにも見える態度に腹が立った。裕翔だったら違った反応になるんじゃないのか。そんなあっさり引き下がらずに、股を広げて誘惑して、しゃぶってでも勃たせようとするんじゃないのか。
あんたとのやりとりも、僕は全部見ているんだからな。
「早く……出てけって思ってるんだろ」
飛燕が静かにこちらを見た。
「いくなって……裕翔に、この体を乗っ取って欲しいってことなんだろ。あんたも僕の存在が煩わしいんだ」
わかりきったことを聞く。どうしてこんな質問をしているのか、自分でもわからない。知布にするための練習だろうか。それにしては自分の声は頼りなく、どこか甘えるような響きすらあった。
「そうなんだろっ! あんたもっ、裕翔のものになればいいって思ってるんだろっ!」
「思うわけないだろう」
なんて優しい声音だろう。たまに飛燕は、驚くほど優しい声を出す。
「嘘だっ……」
「兎斗、自分の役目を忘れるな。王族の血を引くものを一人残らず殺すのだろう? 裕翔にそれができると思うか?」
かぶりを振った。
「できるわけない」
「ああ、そうだ。それはお前に与えられた役目だからな。お前に消えられては困る」
断言され、不覚にも涙が溢れてしまった。白髪なのに、飛燕はタンチョウ族の男たちに慕われている。その理由が、わかったような気がした。
承知しました。伊千佳様を、この手で必ず殺します。
いつか自分が放った言葉を思い出し、ゾクリと皮膚が粟立った。こちらの内心も知らないで、飛燕は幼子にするように兎斗の頭を撫でる。
どうせ、返り討ちにできると思っているのだ。でなければ、自分の殺害命令を受けた男の頭を、こんなふうに優しく撫でられるはずがない。
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