☆するつもりはなかったのに

 バシャン、としぶきの上がる音で裕翔は目を覚ました。目の前には川があり、緩やかな波が朝日に照らされ輝いている。それと、全裸の男が、浅瀬に伏せっていた。


 真っ白な長髪と、痣だらけの背中で飛燕と分かる。


 飛燕は両腕を伸ばし、伏せった体を起こす。次に両膝を立て、四つん這いの姿勢になった。浅瀬とはいえ水の中。飛燕の体は小刻みに震えている。


 裕翔は服を着ているが、ズボンだけ半端にずり下がっていた。股間は硬く、血で汚れている。……何が行われていたのか一目瞭然だ。


「っ……!」


 裕翔は飛燕の背中に抱きついた。


 冷たい体がビクッと跳ねる。陸へ上げ、自分の体温を分け与えようと胸に抱いた。


「飛燕っ……」


 羽織を脱ぎ、飛燕に掛けた。


「飛燕っ! 何やってんだよっ!」


 冷え切った体と、血色のない顔に慄いて、つい声を荒げた。


「バカかっ! こんな場所でっ……なんで拒まないんだよっ! あんたっ……自分が超人かなんかだと思ってるのかっ! こんなこと続けてたらいつか死ぬぞっ!」


 飛燕は身を捩り、裕翔を仰いだ。虚な瞳に見つめられ、抱きしめる手に力がこもる。


「兎斗……朝だぞ」


「兎斗じゃないっ……俺は裕翔だ」


 わかっている、とでもいうふうに、飛燕は頷いた。


「兎斗……これで終わりだ。朝になった。お前には、やって貰わねばならないことがある……今後は俺の言うことを大人しく聞け。いいな?」


 飛燕は裕翔の中にいる兎斗に伝えているのだ。兎斗がリアルタイムで裕翔の行動を見ていることは、佐了との会話で知っている。


 兎斗……引っ込んだ後もこの体を支配しているのだ。やっぱり自分は借りている側なのだと痛感し、裕翔はグッと歯噛みする。兎斗なんていなくなればいい。こんな……


 飛燕の状態を改めて目の当たりにし、目頭が熱くなった。


「裕翔」


 血色のない唇が自分の名を呼んだ。濡れた髪すら飛燕の体温を奪っていく気がして、彼の膚に張り付いた髪をひとまとめにし、退かした。


「裕翔っ……俺が傷ついて、悲しいか?」


「当たり前だろっ!」


 飛燕はフッと笑った。唇の端が品よく上がる。


「お前を悲しませたくなかったが……俺の心境は今、後悔とは正反対だ」


 ああ、裕翔……感極まったように飛燕が言う。


「決してこれを望んだわけではないのだ。お前を悲しませたくなかったのは本当だ。お前が見たらどんなに悲しむだろうと苦しかった」


 そう言う飛燕は嬉しそうだ。裕翔の頬を両手で挟む。


「なんだこの顔は……裕翔? 俺のために泣いているのか? 俺が傷ついて悲しいか?」


「飛燕……」


「俺はひどい男だな……もっとその情けない顔を見せてくれ」


 飛燕が嬉しそうにするほど、裕翔の胸は苦しくなっていく。


「飛燕……部屋、行こう。体温めて、少し寝よう。訓練まで時間あるだろ?」


 でも部屋には童子無と玲藍がいる。二人の目に入らないように、どこか別の場所に行ってもらわないと……


 そこまで考えて、ハッとした。兎斗は、二人に危害を加えていないだろうか。二人は無事だろうか。


 裕翔の不安に気づいたのか、飛燕は「二人は大丈夫だ」と言った。


「玲藍と親しくしていた娼妓に事情を話し、匿ってもらえることになった。心配いらない」


「そうか……よかった」


 でももう二人には会えないのだなと、寂しくなった。


 飛燕を支えながら、地下室へ行く。敷きっぱなしの布団に飛燕を寝かせ、戸棚から軟膏と生薬を取り出した。


 馬小屋の藁を退かし、床板を外せば、地下室でもそこそこ明るくなる。いつもはそうしているが、今はそんなことに時間を割きたくなかった。提灯を灯し、枕元に置く。


 水に浸かった体と裂けた肛門を布で拭き上げ、患部に軟膏を塗り込めていく。そこはふっくらと腫れていて、行為の苛烈さを物語る。裕翔は慎重に丁寧に、傷んだそこを指でさすった。


「っ……」


「ごめん、痛いよな」


 気を紛らわせようと、身を乗り出して胸を吸った。


「うっ、ん……」


 やわく噛んだ口の中で、舌先でぴんと弾く。体力なんてほとんどないだろうに、飛燕はたまらないというふうに仰け反った。


「ゆう……とっ……」


 ふいに股間を握られた。飛燕は「早く」と言って、腫れたそこに誘導する。もしや繋がるために、慣らしていると思ったのだろうか。裕翔は慌ててその手を弾いた。


「飛燕っ……しないよ。するわけないだろっ……」


「なぜ」


 短い言葉なのに、ゾクリとするような甘やかな声だった。握られた股間が硬くなる。


「裕翔?」


 クスッと笑い、飛燕は裕翔の頭をぐいと片手で引き寄せた。唇が重なる。舌先で唇を割られ、中を撫で回される。


 飛燕は自ら腰を上げ、まんまと硬くなってしまった裕翔の先端を当てがった。


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