おまじない
第24話
外観から想像するより、中はずっと広かった。
化粧部屋だろうか、娼妓らが壁を向いて座っている。壁には丸い鏡と台が備え付けられている。
「動くな。これより貴様らの部屋を調べる。少しでも妙な真似をすれば首が飛ぶと思え」
娼妓らが困惑している。
「三の丸で発生した
「単刀直入に言う。我々皇宮警察は貴様らの中に
「蔵匿罪は死罪に値するっ! だが今ここで名乗り出た場合は減刑もやぶさかではないっ! さあっ!
娼妓は戸惑いを互いにぶつけ合う。
「ここにはいないようですね」
娼妓の館を一緒に調べることにした
「ここでは高級娼妓らが暮らしています」
幅の広い廊下。右に個室が並び、左には美しい庭が広がっている。黄亜砂漠では凶器でしかない太陽が、ここでは花を魅力的に照らす柔らかい陽光だ。ならば逆に、黄亜砂漠では恵の雨は、ここでは憂鬱な悪者になるのだろうか。……そう思ったら、見えない鎧に亀裂が入り、ミシミシと壊れゆく音がした。
個室が広いことは、扉同士の距離でわかる。一体どんな暮らしをしているのか。気づけば
亜鉄色ばかり見てきた
ずんずんと中へ入っていき、手触りのいい掛け布をめくった。枕元には、四隅に黄金色の糸が垂れた、いかにも成金趣味な絹の枕が置かれている。
「ああっ、なんてことっ!」
娼妓が血相を変えて飛び込んできた。
「な、何をしているのっ! いくらなんでもやりすぎよっ! どうしてくれるのよっ!」
女の慌てふためく様が、また癇に障った。
「ここにはいないようだ」
「では、次へ行きましょう」
飛燕は
「飛燕、出身はどこだ」
廊下を進みながら聞く。
「
富裕層の街だ。徴兵を免れ、皇宮警察として働いているのだから当然なのだが、違和感があった。
「やはり富裕層の子息か。それなら物の価値がわかるだろう。さっき俺が引き裂いた掛け布は外国産の友禅染、枕の中に詰まっていたのはラマの毛だ。わかっていたんだろう。なぜ止めなかった」
物の価値がわかる人間なら、
「なぜ、隊長の行為を私が止めるのでしょう」
「なぜって……高価なものが壊されていくんだ。普通見ていられないだろう」
扉の前で二人は足を止めた。
「掛け布は友禅染というのですか?」
飛燕が眠たげな目を鋭くし、
「知りませんでした。物の価値は、あなたの方がわかってらっしゃる。この前まで機銃桿を握っていた軍人とは思えませんね」
ヒヤリとしたが、別に隠す必要はないのだった。隠すべき相手は、徴兵免除とは無縁の軍人だ。徴兵を免れ、ぬくぬくとここで働く人間に、隠す理由はない。
「
ぽつりと故郷の名を口にすると、胸にスッと風が通ったような心地がした。
ここへ来るまでの寝台車で、都室に打ち明け話をした時と同じだった。
そんなに自分の素性を明かしたいのかと、
「俺の故郷だ。親父は前線賭博にのめり込んで破産した」
飛燕の瞳に哀れみが浮かぶ。それがどういうわけか心地よかった。戦場で部下に向けられる、期待と信頼の眼差しには辟易していたのかもしれない。
「そうならなければ、俺はお前と一緒に働いていたのかもしれないな」
「今、こうしてご一緒できています」
「ああ、そうだった。束の間の高官ごっこを満喫しよう」
「この者らの部屋を彩るものは、確かに金にはなるかもしれません。しかしその価値は人間がつけたにすぎません。所詮はまやかしの絢爛であることを知らしめる良い機会です。さあ、行きましょう」
娼妓に嫌われたな、と頭の片隅で思った。ほくそ笑む。どうせお前たちだって、天天を見て嘲笑っていたんだろう。前線の兵士に命があるなんて、考えたこともないんだろう。
廊下の突き当たりには、また引き戸があり、その奥があった。
どうやら奥へ行くほど、娼妓の位が下がっていくらしい。扉の間隔が近くなり、それと比例して部屋も狭くなっていった。
(黄亜軍人は、もっと過酷な環境にいる。こいつらは全然マシだ)
そう胸に繰り返し、狭い部屋を漁った。
「おやめくださいっ!」
戸棚を開けた時だった。接待後だと一目でわかる、乱れた着物姿の娼妓が、肩を喘がせ、入り口に立っていた。
「そこは……見てお分かりになりますように、人が隠れられる場所ではございません。どうかお引き取りくださいませ」
「女、我々の任務を妨げる気か」
「何かやましいものでもあるのか」
鞘から刀を抜き掛けた飛燕を制し、
「ございません」
女は胸を張った。
「お二人は
飛燕が女の言葉に露骨に顔をしかめ、指示を仰ぐように
「失礼した」
踵を返し、部屋を出る。女がホッと安堵の気配を見せた瞬間、
戸棚へ直行する。飛燕は純粋に
「おやめくださいっ!」
女は飛燕に動きを封じられながらわめく。
「お願いですっ! 先ほどの無礼をお許しくださいっ! そこには何もございませんっ! だからどうかっ……」
女の懇願に煽られ、
「ぁあ……」
女のため息に、
視線を巡らす。棚の中には寝着や裁縫道具、救護用のハギレがあるだけで、高価なものは見当たらない。
ハッと飛燕が息を呑んだ。
「隊長っ!」
「なんだ、それは」
「佐了の右目です」
「は……?」
佐了が
飛燕は巾着袋を顔の前でひらひらと揺らし、勝ち誇ったような顔で女に微笑みかけた。
「佐了の右目は
飛燕は己の手のひらに、巾着袋の中身を落とした。
「ひっ、なんだっ」
しかし中からバラバラとこぼれ落ちたのは、細く編まれた赤毛だった。親指ほどの長さのそれが、十本以上もあるかに見えた。
女が床に落ちたそれにワッと飛びつく。ああ……と泣きそうな顔で拾い集めていく。
「け、汚らわしいっ! なんだそれはっ!」
飛燕が怒鳴る。くり抜かれた目玉より、人毛の方が恐ろしいとは変わった男だ。汚れを落とそうとするかのように、手をパタパタと振っている。
「ああ……
女は赤毛をかき集めると、顔を上げ、充血した目で
「なんてひどいっ! あなたは軍人でしょうっ! なぜ
女の剣幕に気圧され、
「ふん、まじないなどくだらん。貴様の仕事は春をひさぐことであろう。何が夫だ。淑女ぶるんじゃない」
飛燕が冷ややかに吐き捨てる。
「隊長、行きましょう」
飛燕に促され、
「
飛燕は汚れた手を、清潔な絹布で拭いていた。
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