第23話
きっと
健斗は今、
操縦は健斗がし、射撃は
「なあ健斗、
歳は38歳。戦前にできた子供が3人いるという。
「
健斗は、自分に言い聞かせるように言った。
「ああ、そうだよな。
ハッチのない
「いけっ!
健斗が叫ぶ。
「
「
昂り、レバーを思い切り引いた。敵戦闘機とまともにぶつかり、機体が大きく傾いだが、健斗は衝撃に目を閉じるのさえ堪えた。
「そこだっ、腰を上げろっ! 全速ターンを決めろっ!」
健斗にもできたのだ。きっと
ゴン、と衝撃音の後、一拍置いて、ドーンと凄まじい爆音が轟いた。水面が震撼し、健斗と
「あ……あ……」
健斗は言葉にならなかった。何が……起こったのか。目撃者なのにわからない。
「なん……」
酸素が上手く吸えず、肩を喘がせた。操縦困難となった健斗を見かね、
「まっ……てよ、
「何を見てたんだ、お前はっ……お前も見ただろうっ……」
見た。減速することなく、真っ直ぐ、敵母艦に体当たりした
最後まで
(どうして……
健斗は喉を震わせた。
でもこれからは一人。二段構えの寝台で、健斗は初めて一人の夜を過ごした。
(
あんなに練習したじゃないか。確実にできるようになったから、カミカゼを決意したんじゃなかったのか。どうしてあんなこと……
疲れているはずなのに眠れなかった。今朝まで
健斗は一段目に移動した。壁に掛かった軍服を外し、めいっぱい抱きしめた。
ふと、手のひらにカサリと感触があった。胸ポケットに、折られた紙が入っていた。
二枚だった。一つには「健斗」と書いてある。そういえば名前の綴りを聞かれ、砂浜に流木で書いたのだった。
もう一つには「庵奴」と書いてあった。首を傾げる。口に出して読んでみて初めて、それがあの庵奴であるとピンときた。綴りなど、気にしたこともなかった。庵奴はこういう字を書くのか。
「健斗」と書かれた方を開く。けれど漢字ばかりでさっぱりわからない。言語は通じても、読み書きには学習が必要ということだろうか。
健斗はそれを持って部屋を出た。庵奴を探すが部屋にはいない。どこへ行ったのだろう。思い当たる場所を回るが、庵奴はどこにもいない。
どうせ眠れないのだ。健斗は巨大な兵站の端から端まで探すことにした。そしてやっと、一番遠く離れた停車場に庵奴の姿を見つけた。他にも数人。輸送車から食糧を運び出している。
「庵奴っ」
健斗が言いながら駆け寄ると、庵奴は疲れの滲んだ顔を和ませた。
「健斗、やったぞ。しばらく食うのには困らない。肉も野菜も揃ってる。タンチョウ族に襲われずに済んだんだ」
真っ先に思ったのは、もう少し、カミカゼを先延ばしにしていれば、兎斗が空腹で死ぬことはなかったのに……という、切なさだった。
「せめて俺らの出撃が、明日だったらな」
庵奴も同じ思いを抱いたらしい。浮かない顔で言った。
兎斗のことを思うと思考が麻痺してしまう。ここへ来た理由も忘れ、ぼんやりとした健斗に、「何か用か?」と庵奴が聞いた。
ハッとする。ああ、と手紙を出そうとすれば、手から抜け落ち、ひらひらと地面に舞い落ちた。
俺のせいで兎斗は死んだんじゃないか。手から抜け落ちた手紙を見つめ、健斗は思った。兎斗の命を奪ったのは、俺なんじゃないか。全速ターンを教えたから。
「なんだ?」
庵奴が手紙を拾い上げ、開いた。
内容が知りたかったはずなのに、気づけば健斗はその場を去っていた。亜鉄の地面をカンカンと踏み進む。
「健斗っ! 健斗っ!」
整備場を通り抜けようとしたところで、庵奴の手に捕まった。高い屋根のだだっ広い空間には傷んだ
「読んで欲しかったんだろうっ、俺にっ……」
荒い息を吐きながら、庵奴が言った。「健斗」と書かれた紙をひらひらと掲げられ、なぜか怒りが込み上げる。健斗は自分が置いてきたくせに、大事なものを返せとばかりにひったくった。
そんな健斗の態度に、庵奴は嫌な顔ひとつせず、静かに言った。
「あいつはカミカゼの報酬が欲しくて、死んだんだ」
カミカゼを成功させると、報酬が出るというのは
「死ななきゃ、カミカゼは認めらなかったんだ。お前がここへ来た日、カミカゼを成功させただろう。でも認められなかった。兎斗はそれを隊長から聞いて、だからっ……」
愕然とした。兎斗……それを今まで黙っていたのも、「戦果を上げる」と息巻いていたのも、仲間に送り出してもらうためだったというのか。
兎斗は止められたくなかったのだ。そしてちゃんと成功させたかった。護衛機を提案したのは兎斗だ。
「あ、ぁ……」
カクリと膝が折れた。地面に両手をつく。きゅううと胸が絞られ、背中を丸めた。
(兎斗……お前のカミカゼを後押ししたのは、俺だったんだな)
全速ターンという希望が、兎斗の背中を押したのだ。
……いや、兎斗の気持ちはずっとそれを望んでいた。全速ターンの希望が変えたのは周囲の空気だ。最年少の兎斗でも、腕前があればやらせても良いんじゃないかという空気に変わった。
「自分を責めるなと、そこには書いてあったぞ」
庵奴がしゃがんで言う。健斗はブンブンとかぶりを振った。
「兎斗はお前に感謝してる。これで家族を……」
庵奴が言葉に詰まった。健斗は声を押し殺していたが、胸が弾けた。わんわん声をあげて泣いた。
「家族を、貧しい暮らしから救ってやれる。本当にありがとう……お前には悪いことを、した。せっかく、……せっかく、教えてもらったのに、お前の気持ちを、ふ、踏み躙るような、ことを……した。最初から……そのつもりだった。悪かった。どうか自分をっ、責めるのだけは……やめてくれ。俺は、お前と出会えてよかった」
庵奴は言葉を詰まらせながら、それでも兎斗の言葉を伝えてくれた。
いつまでも健斗が泣き続けるので、庵奴は手紙を残して去っていった。
発作のような嗚咽が治まると、健斗はむくりと体を起こし、手紙を開いた。何が書かれているのか、今ならわかる。それに読める文字もある。健斗は噛み締めるように兎斗の字を追った。
兎斗の声で再生される。
『俺もお前と同じ世界の人間だったら、ボートレーサーになりたい。お前がなれるんだから、俺でもなれるよな? 大人にならなきゃなれないのかな。そういうこと、もっと聞きたかったな』
兎斗は自分が子供であることをちゃんと自覚していた。
ポタリと涙が文字を滲ませ、健斗は慌てて目を擦った。
(なれるよ、兎斗……お前なら)
敵艦に全速力で突っ込んでいく
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