☆手当てをしながら
飛燕に続いて、裕翔は布張りの貨物車に入った。うまそうな燻製の匂いがする。
「砂漠に兵站を作るための貨物車だ。食糧が入っているから、ここには誰も寄りつかない。盗みを働けば懲罰だからな」
飛燕は奥へ行く。廊下のように細長い空間だ。突き当たりは薄暗く、燻製の匂いがいっそう強い。
「兵站って?」
「作戦に必要な物資や、負傷した兵士を救護する設備や軍部が入った軍事施設だ。内地からでは遠いから、中継地として設営する」
「砂漠に? …………タンチョウ族と戦うため?」
飛燕はうんざりしたようにため息をついた。
「軍事の話ならここでなくてもできるが」
「あ……じゃあ……えっと、座って」
飛燕は片膝を立てて腰を下ろした。裕翔は後ろに回り込み、背後から腰紐を解いた。羽織と長襦をそっと脱がす。怖がらせないよう丁寧に。飛燕の体は緊張していたが、震えてはいなかった。なんとなくこちらに気を遣って、堪えているように思えた。
「っ……」
まだら模様の背中に、裕翔は言葉を失った。初めて見た時も驚いたが、それ以上の衝撃が全身に駆け巡った。
「これ……全部……」
新しく付けられた傷だ。
「なんで……」
てっきり、乱暴な抱かれ方をされたのだと思った。まさか暴力だったなんて。
「なんで……飛燕っ……なんで抵抗しなかったんだっ……」
混乱して、声がひっくり返った。あざだらけの背中を無遠慮に触れば、飛燕は「うっ」と小さく呻いた。裕翔は慌てて手を離す。
「なんで……あんたなら……俺なんて簡単にねじ伏せられるだろっ……」
飛燕が振り返り、至近距離で目が合った。狼狽する裕翔を見て、飛燕は目を眇めた。
「兎斗……?」
「俺は裕翔だっ……」
「あの日、俺を……俺を、殴ったのは、兎斗なんだな?」
「俺がっ……そんなことするわけないじゃんか……」
飛燕の喉がゴクリと上下に動いた。クッと眉を寄せる。
「愚か者っ……なぜ、それをもっと……早く言わないっ……」
「さっき知ったんだよ」
「知った時に言えっ! 俺がっ……痛みを訴えた時にっ……」
「あんたは痛いって思った時に言うべきだった……どうして言わなかったんだよ……」
飛燕の瞳がジワリと潤んだ。勢いで言ってしまったが、答えは聞いていたのだった。
「ごめん……俺のことが好きなんだよな」
頬に手を添え、額をくっつけた。
「俺が傷ついてると思って、我慢してくれたんだよな……」
「……佐了は、兎斗の体だと知ってしまったぞ」
「それがなんだよっ、そんなの仕方ないことだろっ……そんなの……大した問題じゃないっ……」
問題は、兎斗が出てきたことだ。そして飛燕を傷つけた。
飛燕は裕翔の心を探るように瞳を覗き込んだ。
「お前が傷ついたわけではないのなら、良かった」
「よくない。最悪だ。あんたがこんなに傷ついた……」
背中を触る。飛燕の瞼がビクッと震えた。彼の表情を観察しながら、裕翔は持ってきた生薬を傷口に塗りこんでいく。
「もう、いい……やめろ」
「ごめん、痛かった? もう少し丁寧にやるね」
「違うっ……」
飛燕は身を捩った。落ちた羽織を肩に引っ掛ける。
「こんなものは、放っておいても治る」
「でも時間がかかる。玲藍も効くって言ってたし」
飛燕が立ちあがろうとしたのを、腕を掴んで引き留めた。
「服に擦れたって痛いだろ」
そう言って羽織を落とす。血の滲んだ肩口にちゅっとキスをした。血の味に怒りと切なさが込み上げ、軽くするだけのつもりが舌先で舐めていた。ビクビクと飛燕の体が震える。
「痛くない?」
前に手を伸ばし、小さな突起をキュッと摘んだ。完全に油断していたのか、飛燕の口から「あっ」と甘い声が漏れる。
指の腹でくるくると先端に円を描く。
「痛い?」
じゅるっと傷口を吸い上げた。
「ひっ……あっ、ぁっ……」
飛燕の手が、胸の突起を弄ぶ手を止めようと伸びる。
「こっちやめたら、痛いだけになるよ」
「んっ……」
ツンと尖り始めた突起を押し込み、こねまわした。彼の息も、裕翔の息も荒くなる。
「飛燕……」
耳元で言えば、飛燕はくすぐったそうに首をひねった。赤い耳に齧り付く。体重をかけ、押し倒した。
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