第22話

 座貫からの使者だという二人の男は、端正な顔立ちの美丈夫だった。軍人だと聞いて、佐了は胸の中で密かに驚く。目を覆っているとはいえ、盗み見るのは躊躇われた。都室と呼ばれた長髪の男は、さっきから疑うような視線を寄越してくるのだ。しかも、会話の内容は自分のことである。まさかこの男は自分の正体に気づいているのではないかと、佐了はヒヤヒヤして落ち着かない。それに……

 佐了は絵巻の上で縦横無尽に動く天天を見る。読めてしまうから、気になるのだ。顔は動かしていないのに、都室がすいとこちらを見る。たちまち焦燥感が込み上げ、腋にびっしょりと汗をかいた。

(いけない。意識して何かを見れば、目が見えていると勘付かれてしまう)

「ほれ、黄酒だ。飲め」

 貴族がまたゲテモノ酒を突き出してきた。盲目をからかっているのだ。けれど客人に勧められたもの、しかも「黄酒」と言われて断れるはずがない。美味しい酒をいただける、そういう表情を作り上げ、口を開く。

「いただきます」

 だがこれも都室に奪われた。彼は一回目同様、グビッと一息にそれを飲み干す。

「いやあ、則泰子そくたいし殿は酒作りの名人だ」

 都室は目を潤ませながら則泰子そくたいしを睨む。

(いけない、いけない)

 佐了は慌てて都室から視線を逸らす。そうして目に飛び込んだ一つの天天に、視線が縫い止められた。

 狼狽が顔に出てたらしい、「どうした、女?」と都室が聞いた。

「三二六号機、カミカゼ」

 天戯師てんぎしが言った。

「カミカゼっ……母艦をやったのかっ!」

 伊千佳が血相を変えた。

「いいえまだです。三二六号機がカミカゼを発動したというだけです」

 貴族はそう言って、佐了の着物の中に汗ばんだ手を滑り込ませた。平らな胸をさする。

「三二六号機は兎斗だったな……なんだお前、色気のない乳をしよって」

 何を触られようが、佐了の意識が天天から離れることはなかった。

(兎斗……やめてくれっ……)

 知っているのは年齢だけで、会ったことはない。だが天戯師てんぎしをしていれば、若年の兵士は嫌でも目につく。

 兎斗は15ではなかったか。それがたった一人で母艦に体当たりしようと決めたのだ。貴族らは、兎斗にカミカゼを賭けなかったことを嘆いている。あんまりだと思った。怒りと悲しみが混ざり合い、理性が追いつかず、身体がブルブルと震え出す。

「ふん、貧相な身体だが、なかなか楽しませてくれるでないか」

 呼吸もままならない佐了を、感じていると思ったのか、男は愉快気に笑った。


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