第19話
佐了の足取りが全く掴めていないと聞いて、
「そうか。捕まることを恐れて、すでに命を絶っているかもしれんな」
「ええ、私もそう思います。捕まったら酷い拷問が待っている。正気でいられるうちに死んだ方がいい」
「あの男は自決などしませんよ。まだどこかに身を隠しいるに違いない。誰か協力者がいるのです」
そう言ったのは、
「隊長、娼妓の館を調べましょう」
「娼妓が協力していると?」
別の隊員が聞いた。
「現場は貴人館、三の丸です。我々からしたら迷路同然のあそこを、佐了は誰にも会わずに抜け出した。娼妓の手引きがあったとしか思えません」
「……現場にいた娼妓は調べたのか?」
「はい。しかし娼妓は演技力に長けています。錯乱したフリで聴取をうまく切り抜けてしまう。まったく、女という生き物は困ります」
「あんな恐ろしい現場に居合わせたんだ。思い出そうとすれば混乱するのは当然だろう。それを演技だと決めつけるなんて、貴様には心がないのかっ!」
別の隊員が言い、他の者がうんうんと頷く。
「隊長。どうか許可を。あそこを調べるには上役の許可が必要なのです。必ず佐了はあそこにいます」
「よくもそんな自信たっぷりに言えるな。昨日は馬運車にいるって言い張ってたくせに」
「馬運車?」
「使い物にならなくなった馬は市場へ流すんです。それで、佐了は馬運車で脱出するだろうからって、こいつが言い張って、昨日調べたんです。でも佐了はいなかった」
「だから考え直したんです。あいつはまた一仕事する気でいるんじゃないかって」
「馬鹿馬鹿しい。意地になるなよ」
「隊長はどう思われます?」
じっとりと粘つくような視線を向けられ、背筋が冷えた。
馬運車を調べたが、佐了はいなかった。それを
「隊長から見て、あの男は自決をすると思いますか」
答えは否だが、「この状況であれば、可能性としてはあり得るだろう」と答えた。
「左様ですか。どちらにせよ、娼妓の館は一度調べた方がいい。無能でも結構だが、足を引っ張るのだけはおやめください。あなたに与えられた権利は使っていただく。
「貴様っ! 無礼だぞっ! 凄腕の隊長に向かって!」
他の隊員の言葉など意に介さず、
「……わかった、許可する」
「感謝します。では早速」
「あいつは拷問がしたいだけなんです。この前捕らえた罪人が事切れてしまったから、新しい道具が欲しいんですよ」
「性根が腐ってるんだ。同じ空気も吸いたくない」
「隊長、あんな奴の言葉、気にすることないですからね。隊長は幾多の戦場を生き抜いた伝説の黄亜軍人なんですから」
前線の兵士をそんなふうに意識しているのかと、
「隊長はみんなの英雄です。こいつなんて、隊長のおかげで亜元宝三万分も儲けたんですから」
その言葉にスッと心が凍りつく。
「お前だって二万分儲けただろっ!」
「隊長、第七中隊は誰が『買い』ですか?」
「あと
「
「黙れ」
唸るように言って、やっと、彼らは
「戦場で戦う兵士に金を賭けられるお前たちに、俺の姿が見えるものか。お前たちにとって俺は天天、金を生み出すただの駒だ。心のある人間だなんて思っちゃいないんだろう」
なにを言っているのか、自分でもわからなかった。ただ口が動くのに任せた。
「俺も、お前たちを同じ人間だとは思わない。互いに距離を置いて、任務を果たそう」
(俺が戦死したら、お前たちは落胆し、死んだ俺を罵倒するんだろう)
心の中は激しく荒れ狂い、全身が熱かった。怒りで呼吸もままならない。歩きながら、毛穴という毛穴から血を噴いて死ぬんじゃないかと、本気で思った。同時に、感情的な自分にホッとした。もし自分が徴兵を免れ、ここで生活していれば、あのような人間になっていたかもしれないのだ。ああならなくて良かった。
(あと半刻、か)
出撃はいつも急だった。寝ているところを叩き起こされ、行けと命じられたこともあった。
しかしここにいる者は、少なくとも半刻前には出撃を知り得ている。締め切り? なんてふざけた連中なのか。
(
あと半刻……みんな無事でいてくれと、
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