第17話
列車を降り、坂道を少し進むと、巨大な鉄門が現れた。その奥は全く見えない。見張り台には赤茶色の
鉄門の前には門番が二人いたが、彼らも顔に締まりがない。
「なんだ、あいつら。あんなので務まるのか?」
伊千佳が後ろを振り返り見ながら言う。
「金で徴兵を逃れた者だ。ここで働くのは、甘やかされて育った小金持ちの子息ばかりだ。そういう中にも優秀な者はいるが、優秀な者は皇宮警察に拝命される」
「座貫からの使者でありますな。この度はわざわざお越しいただき、誠に感謝いたします。お疲れのことと存じます。これより私が部屋までご案内します。
「お前と旅ができたこと、かけがえのない思い出となった。お前がいなければ、俺たちは黄亜砂漠で事切れていただろう。この恩は、交渉の成功、戦争終結によって返す」
「お前たちの苦労が報われるよう、尽力する」
伊千佳が言うと、
「さあ、行きましょう」
皇宮警察の男が先を急かし、二人は
左手には屋根の低い建物があり、長い廊下を女官が列になって歩いている。
右手には美しい庭園が広がっている。座貫にはない、淡い桃色の花のなる木があり、目を奪われた。
庭園には池があり、池の先には東屋があった。池に掛かった橋も、東屋も亜鉄でできている。花や緑が過剰に植えられているのは、無機質な景色に少しでも趣を出すためだろうか。
二人には別々の部屋が与えられたが、都室の部屋で共に過ごすことにした。今のところ歓迎されているが、油断は禁物。できるだけ一緒にいた方がいい。
そう思うと、危険とわかっていて自分についてきてくれた伊千佳に対し、都室は上官と部下という関係を超えた、家族愛に近い感情を抱くのだった。
自分には家族同然の部下がいる。そう言い聞かせ、都室は父への気持ちを断ち切ろうとした。
(だがこの世界には、父上の子供がいる……)
どうしてもその事実に行き当たり、心が揺れてしまう。父上の様子を知りたい。どんな些細なことでもいい。あの
何か別のことを考えようとしても、あの、前傾姿勢に立ち上がった姿勢が頭から離れないのだ。彼が父と重なる。懐かしさに胸が引き裂かれそうになる。もう一度あれを見たい……とすら思う。
こういう時に限って、伊千佳は話しかけてこない。彼は文机に黄亜の地図を広げ、それに夢中なフリをしている。
年増の女官が来て、湯殿へ行くよう言われ、やっとその思考を断つことができた。
伊千佳が視線だけで指示をあおぎ、「一緒に行こう」と都室は言った。女官の後を二人で追う。
屋根と柱だけの通路を進み、灯籠に照らされた夜の庭園を横断する。
そうしてたどり着いた湯殿は、ハッと息を呑むほど大きく、立派だった。
何より驚いたのは、薄い絹の長襦を着た六人の女が、微笑を浮かべて二人を迎えたことだ。思わず伊千佳と顔を見合わせる。
「では、ごゆっくり」
女官が一礼し、去っていく。
六人の女が、三人ずつに別れ、都室と伊千佳を囲んだ。軍服を脱がされそうになり、都室は慌てて「自分で脱ぐ。下がってくれ」と制した。
「我々の軍服には雷管が仕込まれている。下手に触れば首が飛ぶぞ」
伊千佳がはったりをかます。女らがヒッと声をあげて退いた。
「悪いが消えてくれるか。俺は妻と忠義を誓った人にしか己の裸をみせないと決めているのだ」
女遊びが生きがいのような独身男が、女に高圧的な態度を取ったことに驚いた。
女らは感嘆の声を上げ、サッと頭を下げた。「失礼致します」と言って、足早に去っていく。
女らの姿が見えなくなると、伊千佳は顔から剣を解き、はあっ、と肩を落とした。恨めしげに都室を肩越しに見やる。
「都室殿、あれでよろしいですね?」
「……ああ」
「いやあ、いい女ばかりでしたね。銀髪の女が好みだな。ふくよかな肌が心地良さそうだ」
自分がいなければ追い払わなかったのか。伊千佳の未練がましい口調に都室はムッとした。
「頼もしい部下を誇らしく思ったんだがな」
都室が言うと、伊千佳は不敵に微笑み、頷いた。
「ええ、頼もしい部下ですとも。とても花街の常連に見えないでしょう? みんな俺を妻に一途な優男だと信じ込んだ」
「遊び人は嘘が上手いな」
「はい。さっきのは嘘だから、こうして本音を晒しているのです。俺はあなたにだけは正直でありたい」
急に真摯な視線を向けられ、都室は目を丸くした。この男は軽薄に見えるが、忠誠心が恐ろしく強い。
「ああ、でも本当の部分もありますよ。俺の裸を見ることができるのは都室殿だけです。他の男には見せません」
伊千佳はそう言って、左衽の長襦を肩から外した。
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