第11話
夕暮れの浜では、第七中隊の兵士らが、健斗から全速旋回を教わっていた。
新しい技術の習得に、兵士らは真剣に取り組んでいる。笑顔の者もいた。とにかく、みな生き生きと楽しそうだった。これが賭博のための戦争であると、誰も知らないのだ。
(俺は、間違っていたのかもしれない)
だが彼らは違う。この戦争は、敵を降参させたら終わると信じている。彼らが求めていたのは、「生き延びろ」ではなく、「一機でも多く撃て」と命じられることだったんじゃないか。
彼らは戦果を上げようと、必死に訓練している。遠目でもわかる士気の高さが切なかった。全速旋回が、戦局を逆転させる切り札だと思っているのだ。
「
今なら、彼の欲しい言葉を言ってやれる。
「お前は黄亜軍の切り札だな」
その反応に、
(間違っていた。俺は、ずっと間違っていた……どうしてこんな簡単な言葉もかけてやらなかったんだろう。彼らには戦うことしかないのだ。彼らにとっての喜びは戦果を上げることしかないのだ)
「
「は、はいっ!」
「なら、あの技術をものにしろ。確実に成功できるように」
「はいっ!」
「だが、報酬には期待するな。敵艦を沈めても、カミカゼの報酬は入らない。あれは、死ななければ意味がないんだ……」
「えっ……」
「……酷い話だろう。嫌ならやめろ。強制するつもりはない」
「だがあの技術は身につけろ。旋回技術は高い方がいい」
やがて
「……俺はやってやりますよ。
本土へ戻ることになった経緯を、彼には話そうかと悩んだが、かつて佐了と親しくしていたことを思い出し、黙っていることにした。
心配させたくない。ただでさえ、「俺の代わりに第七中隊を指揮してくれ」と、急な頼み事を引き受けてもらうのだ。
「左様ですか。では、佐了と会えるかもしれないですね」
「もし会えたら、俺が謝っていたと、伝えていただけますか」
「喧嘩別れしたんです。輸送車に乗り込む直前で、やっぱり残ると駄々をこね出したので、ふざけんじゃねえと。何発か殴って、倒れたところを無理やり輸送車に押し込んだんです」
そうだったのか。てっきり、すんなり本土へ戻ったものと思い込んでいた。
(やはり佐了のことは言えない。宮廷で佐了が犯した罪を知れば、この男も自分を責めるに違いない)
「わかった。あいつに会ったら伝えよう」
しかし兵舎にも食堂にも、健斗の姿はなかった。
どこへ行ったのだろう。亜鉄の地面を踏み鳴らしながら、他の隊の兵舎も見て回る。
兵士が一人しかいない兵舎を見つけ、足が止まった。唯一そこにいた中年兵が、
「他の者はどうした」
問うと、男は露骨に困った顔をした。
その時、ガン、と鋭い音が、男の背後の壁から聞こえた。
「あっ、
「日本人が何しにきたっ! また俺らを殺す気かっ!」
「脱げっ! これは貴様のような死に損ないが着るものじゃないっ!」
やはり、その中心にいたのは健斗だった。地面に伏せ、無抵抗の彼の服を、男たちは引っ張って剥がそうとする。
「こんなものを着てっ、黄亜軍になったつもりかっ!」
それは、
「やめろっ!」
甲高い声が、
「健斗から離れろっ! 勝手なことをするなっ! こいつは飛鳥を沈めたんだっ! カミカゼをやったんだっ! すごいんだぞっ! 黄亜軍の切り札に手を出すなっ!」
健斗を抱え上げ、
「こいつは今までの日本人と違うっ! 死なずにカミカゼを成功させたんだっ! みんながあれをできるようになればっ、この戦いを終わらせられるっ!」
その瞬間、身を切り裂くような罪悪感に襲われ、
(俺は、ここにいてはいけない人間だ)
健斗に別れの挨拶をするのはやめた。彼には
今夜中にここを立とう。
内地へ行くには、砂漠用に改良した
「隊長!
「どうした? 何かあったか?」
「出発を三日延ばせとの指示ですっ」
なぜだ。
「……座貫が、使者を寄越すと」
「使者?」
「外交です。飛鳥を沈められたのが痛手だったのでしょう。交渉をしたいという旨の文が、つい先ほど軍部に届きました」
「交渉……本当か」
「罠かもしれませんが」
「罠なものか。座貫は我々と和平を結びたいんだ」
「我が国がそれに応じるでしょうか」
「だが、使者は本土へ向かわせるんだろう」
「はい。
「わかった。座貫の使者が来るのを待とう」
声が上擦った。
使者というから文官が来るものと思っていたが、見るからに軍人だ。それもかなりのやり手と思われた。挙動が洗練されているのだ。
長髪の男が丁寧に頭を下げた。艶やかな、健康的な髪がストンと揺れる。
「寛大なご配慮、感謝いたします」
聡明さの漂う、凛とした声だった。自分はこんな男と戦っていたのかと、
「都室と申します。こちらは伊千佳」
伊千佳と紹介された男はジッと
それに、たった二人で敵国に足を踏み入れたのだ。強靭な精神を持っていようと、怖くないはずがない。交渉決裂となれば、殺されるかもしれないのだ。ここへ来るまでの航海も、精神をすり減らしたに違いない。
そう思うと、
「第七中隊隊長、
顔を上げた。
「お疲れのことと存じます。今夜はここで、ゆっくりとお身体をお休めください。黄亜砂漠は広大で過酷です。休息が十分にできたら出発しましょう」
伊千佳の顔からは剣が消えた。キョトンと瞬きし、都室を見やる。都室は伊千佳に向かって頷いた。大丈夫だ、と安堵させるような優しい眼差しに、
「では、部屋までご案内します」
動揺を悟られないよう、
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