第10話

『国のために、最後まで勇敢に戦った者を侮辱するな』

 自室に戻った甲斐連がいれんは、自分の発言に強烈な自己嫌悪を感じていた。

 甲斐連がいれんは、この戦いが賭博のためでしかなく、敵に打撃を与える必要などないことを知っていた。黄亜の兵士はただ、賭博の駒として戦っていればいい。その中でたまにカミカゼが行われるから、「盛り上がる」のだ。

 そういう上の事情を、兎斗ととは知らないのだ。だからこの国のために、純粋にカミカゼを提案する。

 甲斐連がいれんはやり場のない怒りを壁にぶつけた。黄亜軍の兵站は、全て亜鉄でできている。硬い壁がガツンと響いた。

 なにより後ろめたいのは、カミカゼによって遺族に入る金のために、自分がそれを行ったことだ。敵が受ける打撃など、どうでも良かった。カミカゼをしたという事実が欲しかったのだ。

甲斐連がいれん、本部第二会議室へ来い』

 部屋の通信機から、上官の声がした。カミカゼの功績を讃えられるのだろうか。……真っ先にそう思う自分が悔しかった。結局、自分も賭博に支配されているということだ。

 部屋を出て、長方形の簡易施設が並ぶ通路を進み、軍事本部へと向かう。通路はうめき声に溢れていた。凄まじい血の臭いが鼻につく。それらから逃れようと、甲斐連がいれんの足取りは速くなる。

「第七中隊甲斐連がいれん、失礼します」

 銀色の部屋には、上級軍人が絵巻を囲って座っていた。それを見ただけで激情が込み上げた。絵巻は、賭博が行われていたことを意味する。

 男たちの視線は冷ややかだった。なんだ? 甲斐連がいれんは訝る。

「佐了は、貴様の部下であったな」

 懐かしい名前に、どっと胸が跳ねた。

「そうですが……佐了が何か」

 負傷し、本土に戻ったかつての部下だ。今は天戯師てんぎしとして働いているはずだが。

芭丁義ばていぎ陽張ひちょう義否ぎひ李広りこう童無どうむ泰李己たいりこ武藤慈むとうじ安子あんし斜奪しゃだつ……九人の華族を殺めた」

「……っ!」

 甲斐連がいれんは目を見張った。佐了が、まさか……

 佐了は無事なんですか。そう聞きたいのを堪え、「かつての部下の不始末、責任は私にあります。申し訳ありません」と小首を下げた。

「わかっているならよい。顔をあげよ」

 心臓が激しく波打っていた。あの賢くて冷静な男が、どうしてそんな凶行を……

 甲斐連がいれんの疑問は、床に敷かれた巻物を再び目に止めた瞬間、納得に変わった。

 開帳の痕跡を見るだけでも、こんなに腹立たしいのだ。佐了は天戯師てんぎしとして、直接それに関わっていた。軍人として戦ってきた彼からすれば、腹が捩れるほどの苦痛だったに違いない。

(俺のせいだ……俺がカミカゼを止めたから……)

 九人も華族を殺めたのだ。佐了は楽に死ねないだろう。……あの時カミカゼを許していれば、佐了の母親は恵まれた生活を送ることができていた。彼らの人生を潰したのは自分だ。

 甲斐連がいれんの胸に、叫び出したくなるほどの後悔が押し寄せる。

「佐了は行方不明だ」

 放たれた言葉に驚き、ほんの少し、安堵する。

「見つけ出せ。さすれば貴様の階級を二つ上げよう。親族の生活も向こう十年保障する。カミカゼと同じ待遇だ」

 眉根を寄せる。

「お言葉を返すようですが……先の大戦で、私はカミカゼを遂行しました」

 戦線の描かれた絵巻が敷かれている。こいつらは見ていたはずだ。

「敵の母艦飛鳥を沈没させました。戦果として、正当な評価を賜りたく存じます」

 男たちは顔を見合わせ、笑った。

 何か、おかしなことを言っただろうか。しかし実際に、母艦飛鳥は沈んだのだ。十年と言わず、三十年面倒を見てくれたって良いはずだ。それだけの功績を自分は上げた。

(いや、俺は馬鹿か……そうじゃない)

 愚かな勘違いに気付き、ハッとした。功績など関係ないのだ。この戦争は賭博なのだから。

 重要なのは戦果ではなく、カミカゼの成立条件。自分はそれを満たしていないのだ。

「何を抜かす。貴様は生きているではないか。カミカゼは、死なねば認めん」

 握り締めた拳がブルブルと震えた。

「貴様にカミカゼを賭けていた李広りこうが死んだから良かったものの、生きていたら厄介なことになっていたぞ。天戯師てんぎしはカミカゼと読んだからな。ぬか喜びさせて、『生きていたから不成立』となれば、李広りこうも納得できないだろう」

「佐了に救われたな」

「まことに」

 男たちの会話に、はらわたが煮えくり返った。甲斐連がいれんは心の中で、かつての部下に言う。

(佐了、お前は間違っていない)

「佐了は宮廷内にいるはずだ。貴様が行けば、姿を見せるだろう。見つけ、生け取りにしろ」

 甲斐連がいれんは頭を下げた。

「承知しました」

 憤怒を見抜かれないよう、深々と。 


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