第9話

 健斗が全速旋回を決めると、黄亜の兵士らがドッと沸いた。

「なんだ今のはっ!」

「減速しないで旋回したぞっ!」

「あれが飛鳥を沈めた日本人だ。あいつは体当たり攻撃を止めてくれた、俺の命の恩人だ」

 甲斐連がいれんが言う。この国の兵士らは日本人嫌いだが、甲斐連がいれんを救った健斗は、黄亜にとって英雄に違いなかった。みな、すごいすごいと興奮している。

「ですが隊長。ハッチがあったらあの姿勢は取れません」

 だが兎斗ととは冷静だった。

 甲斐連がいれんは「そうだな」と頷く。

 健斗は旋回時、全身を機体から落とすようにして均衡を取る。兎斗ととの言う通り、今は蓋を取り払った機体を使っているため、あの姿勢ができるが、本来の迂迫うはく艇では無理だ。

迂迫うはくを改良するか、途中で搭乗者自らが蓋を取るか、だな」

 自分で言ったものの、改良は現実的ではないなと甲斐連がいれんは思い直した。この国が兵士の意見を聞くことはない。

 だが蓋を取るとなると、搭乗者が吹き曝しだ。今回は運良く飛鳥に辿り着けたが、毎回あれが成功するとは思えない。それに……

 甲斐連がいれんは、全速旋回が成功したとしても、生還できるとは思っていなかった。飛鳥へ向かう間も、新たな母艦から発艦した伏匐天下ふくふくてんげに攻撃されたのだ。あれは、自分を沈めるまで攻撃をやめないだろうと思った。執念を感じた。きっと乗っていたのは将校クラスだ。

 しかし信じられないことに、その伏匐天下ふくふくてんげは、飛鳥への攻撃を終えた迂迫うはくを、他の伏匐天下ふくふくてんげから守るようにして、逃したのだ。あれは一体、なんだったのか……

 ともかく、あんな幸運は二度とない。迂迫うはくの蓋を取るなど、やはり危険だ。

「すごいぞ日本人っ!」

「俺にも教えてくれっ!」

 陸に上がった健斗は、早速兵士らに取り囲まれた。その光景に甲斐連がいれんの頬は緩みかけたが、「護衛機をつけるのはどうすか」という兎斗ととの言葉によって、固まった。

「日本軍の特攻は、護衛機がついていたと聞きました。特攻機が、確実に目的地に着けるように」

 甲斐連がいれんは静かに兎斗ととを見た。

「それは、最初から特攻すると決まっていたからだ。俺たちとは状況が違う。日本軍は、作戦として特攻を行っていた」

 黄亜のカミカゼは、もうどうしようもない時の最終手段として行われる。出撃前に「さあやるぞ」と決めてやるものではないのだ。

「なら、俺たちも作戦としてやりましょう。出撃前に、カミカゼを行う兵士を指名するんです」

 兎斗ととは平然と言った。甲斐連がいれんは眉根に力を入れる。老練者ならともかく、兎斗ととはまだ15だ。彼の口から「カミカゼ」と放たれるだけで、甲斐連がいれんの胸にはやり場のない悲しみが湧いてくる。

「いい加減にしろっ、旋回技術を磨いたって、必ず成功するわけじゃないっ! 簡単に言うなっ!」

 兎斗ととは反抗的に目尻を吊り上げた。

「ただ海で戦うより、よっぽど打撃を与えられる。今日だって、第七分隊は全滅です。どうせ死ぬんなら、カミカゼをやった方がまだ報われた。第七分隊の連中はただ逃げ回って、みっともなく犬死に」

 パチン、と乾いた音が立った。甲斐連がいれん兎斗ととの頬を張ったのだ。ジワリと兎斗ととの頬が赤く色付く。

「国のために、最後まで勇敢に戦った者を侮辱するな」

「……でも、本当のことです。どうかカミカゼを作戦に取り入れてください。みながやりたくないって言うんなら、俺がやります。ですがその代わり、護衛機をつけてください」

 兎斗ととはそういうと、もうお前に用はないとばかりにフイッと顔を背け、健斗の方へと駆けていった。

「日本人っ! 俺にも教えてくれっ! 特訓だっ!」


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