確定
部屋に戻ると、食事が用意されていた。台と一体化したお盆の上には、麦飯や焼き魚、汁物が乗っている。
「毒味は済ませたから、温かいうちに食え」
佐了は既に食べていた。さっきまで下ろしていた栗色の髪は、今は低い位置でひとまとめにされている。
佐了は姿勢良く、澄ました表情で箸を口元へ運ぶ。数時間前、この部屋でよがり狂っていた男と同一人物にはとても見えない。
「佐了ってさ……」
裕翔はチラリとドアを見た。部屋の壁は厚いと聞いても気になった。声のボリュームをワントーン下げる。
「タンチョウ族なのか?」
「ゴホッ……」
汁物を喉に詰まらせ、佐了はゴホゴホと咳き込んだ。
「急に……なんだ。驚くだろう」
「母乳はタンチョウ族しか出ないって聞いたんだけど」
「っ……お前……」
佐了は涼しげな目をめいっぱい見開いた。
「お前……見張りに言ったのか? お、俺が……」
「佐了の母乳を飲んだって言った。でも、母乳はタンチョウ族しか出ないって、信じてもらえなかった」
佐了の手からこぼれた箸が、カラカラと床を転がった。
「なんてことを……」
空いた手で、佐了は額を押さえる。これは決まりだ。裕翔は佐了のそばへ行き、隣にしゃがんだ。
立ち上がろうとした佐了の両肩を押さえつける。
「落ち着けよ。大丈夫だから」
「大丈夫なわけあるかっ……俺の正体がバレたらっ」
「やっぱりタンチョウ族なんだな。じゃあ家族って、一族ってことだったんだ。……そりゃ大勢いるわけだ。砂漠でガタガタ震えてたのも、ひどい目に遭ってきた場所が砂漠だったからなんだろ?」
佐了の体が震え出す。なんて根深いトラウマだろうと、裕翔は胸が苦しくなった。
「見張りは誰だっ……」
「知ってどうするんだよ。それより、佐了のことを教えろよ。俺が失言したのだって、元はと言えばお前が何も教えてくれなかったからだ。母乳を出す体質がタンチョウ族特有のものだって、どうして教えてくれなかったんだよ」
佐了は黙り込んだ。考えを巡らせている表情だ。
「……飛燕もそうなのか?」
問うと、佐了はキュッとまぶたを閉じた。飛燕もタンチョウ族なのだ。だから佐了の秘密を知った裕翔を殺害しようとした。
「……俺の体質を口外しないと、飛燕様に誓うんだ。俺と飛燕様がタンチョウ族であることは、聞かなかったことにしろ」
甘いなと思った。飛燕がそれで自分を見逃すとは思えない。あいつは処刑許可が下りなくても、秘密を知った自分を殺そうとするはずだ。
「佐了。それじゃあダメだよ」
「俺の言うことを聞けっ……お前がここで生きるにはそれしかないっ……」
「それじゃ飛燕に殺される。佐了、お前、見張りが誰かわかったら始末するんじゃないのか。それくらい、知られちゃまずい秘密なんじゃないのか。飛燕が俺を生かしておくとは思えない。ここ……」
肩を掴む手を滑らせ、胸元を指でさする。乳首を探り当て、クニクニと押し潰した。
「っ……」
「ここ、誰かに吸われたってバレた時、あいつはどんな顔してた? 誰に吸わせたんだって、血相変えて問いただしてきたんじゃないのか?」
「やめろっ」
そう言って伸ばされた手を、パッと捕らえた。
「思い出せよ。あいつがお前にしたことを。お前、あの鬼畜が俺を生かしておくと、本気で思ってるのか?」
佐了は唇を噛み締めた。
「なあ……俺も、タンチョウ族ってことにできないかな」
それだけで、佐了は裕翔の考えを察したようだ。喉仏が上下に動く。
「俺も正体を偽ってここにきた。お前や、飛燕と同じように……」
佐了は素早く瞳を動かす。飛燕にそれが通用するか、己の発言を思い返して、精査しているのだ。
「……飛燕様を欺くのは、容易なことではないぞ」
「でもそれしか俺が生きる道はないと思う。佐了はどう思う?」
佐了はゴクリと唾液を飲み込むと、「俺も、それしかないと思う」と言った。
そしてタンチョウ族のこと、座貫滅亡計画について、話し始めた。
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