カミカゼ

第7話

 甲斐連がいれんと操縦を代わると、それまで意識しなかった戦闘機の残骸や死体が目につき、健斗の興奮は急速に萎んだ。

「敵の母艦を沈めたぞっ! 健斗っ! 俺の部隊に入ってくれっ! さっきの旋回を教えてほしいっ! あれはすごいっ!」

 甲斐連がいれんはまだ興奮している。健斗は後ろを振り返った。黒煙が空高く昇っている。

 ふと、味方の戦闘機がこちらに向かってくるのが見えた。接近し、隣に並ぶと、パカリとハッチが開かれた。

兎斗とと!」

 甲斐連がいれんが隣に並んだ男を見、叫んだ。金色の短毛。尖ったてっぺんが小猿のようだった。手足もヒョロリとしていて小柄だから、余計にそう見えるのかもしれない。彼はそばかすだらけの顔をキョトンとさせた。

「なんです? そいつ」

 甲斐連がいれんはニカっと笑うと、健斗の肩を引き寄せた。

「河西戦線で拾った日本人だっ! こいつはすごいぞっ! 飛鳥を沈めたんだっ! 信じられない旋回技術を持っているっ!」

「日本人?」

 兎斗ととと呼ばれた男の目尻が吊り上がった。

「マルレの搭乗員ですか」

「いいや、ボートレーサーだ。賭博の駒として速度を競い合ってる。だよな? 健斗?」

 甲斐連がいれんにはボートレーサーの説明を詳しくしたつもりだが、「賭博の駒」とまとめられてしまった。間違いではないので、「まあ、うん」と頷く。

「へえ……それじゃあさっきの、お前がやったんだ?」

 兎斗ととは戦闘機を器用に走らせながら、健斗をジッと見つめてくる。

「ああ」

「ふうん。俺にも教えてくれよ。隊長、さっきの旋回を覚えたら、カミカゼを許してくれますよね」

 操縦桿を握る甲斐連がいれんの背中が強張った。甲斐連がいれん兎斗ととを見る。兎斗ととは前を向いていた。

「……カミカゼは最終手段だ。最初からやると決めるものじゃない」

「日本人、俺も練習すればできるようになるか?」

 兎斗ととが聞く。頬の丸みが幼かった。十代だろうか。

 体型は申し分ないと思った。ボートレーサーは小柄な方がいい。操縦基礎は既にあるから、彼ならすぐにできるようになるだろう。

 でも安易に「できる」と答えていいのだろうか。レースではなく、彼らが出るのは戦場だ。

「健斗、俺たちはこんなことを毎日やってるんだ。役立つ技術はなんでも吸収したい。それをカミカゼに使うとは限らずに、だ」

 健斗の屈託を見透かすように、甲斐連がいれんは言った。

「できなかったら、俺は体当たりするだけだ」

 兎斗ととが言った。咎めるように、甲斐連がいれんがキッと兎斗ととを睨む。

「健斗、自爆攻撃は、お前らの先人が持ち込んだ、悪しき切り札だ。俺たち黄亜軍人は、お前ら日本人に対して恨みに近い感情を持っている」

 薄々そうではないかと思っていたが、はっきり口にされるとドキリとした。

「お前が塗り替えるんだ。九死一生でも構わない。俺はもう誰にも、命を諦めて欲しくないんだ」

 数十分前、カミカゼを決意した時のことを思い出しているのだろうか、甲斐連がいれんは悲痛に眉根を寄せた。

 戦場だからこそ、覚えなければいけないのだ。健斗は考えを改めた。誰もが「できる」ようになれば、決死作戦はなくなる。全速ターンを広める。それが、ここへ来た自分の使命であると、健斗は思った。



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