飛燕
部屋には汗と、独特の青くさい臭いが立ち込めている。
「
佐了はポツリと言った。服を着て、壁にもたれて座っている。拘束は解かれたが、部屋の外には見張りがいるため、裕翔と佐了はここから出られない。
「あの方は一万騎の精鋭部隊を持つ大将軍だ。宮廷の守備兵を指揮する衛尉でもあられる。だからこんな立派な屋敷を与えられている」
白髪の男は「飛燕」というらしい。
「佐了は……あいつとどういう関係なの?」
裕翔が聞くと、佐了は力なく笑った。
「俺は家畜だ。乳を搾らなければ体がだるく、気が散ってしまう。だから飛燕様に吸って頂いている」
(頂いてるって……)
カッと頬が熱くなった。
「雌牛のように乳首を摘んで出せたら楽なんだが、そういうわけにもいかない。……極めないと、乳は出ないのだ」
佐了は胸に手を当てた。
「えっと……じゃあ、ちんこを扱けば良いんじゃないの?」
佐了はゆるゆると首を振った。
「それではならんのだ。本来、乳は女の役目だからな。男の性器で達しても意味がない」
エロすぎる情報に裕翔はドキッとしてしまうのだが、佐了は苦労してきたのだろう、苦しそうに眉根を寄せた。
「それは……大変だな……」
「みっともない姿を見せて悪かった」
「……いや、謝るのは俺だ。頬、痛いだろ?」
佐了が意識を飛ばすたびに叩いたそこは、赤く腫れ上がっている。
「大したことはない。これくらいなら一晩で引く。だが、この顔で宮廷をうろつくわけにはいかないから、今夜もここで過ごすことになるだろう」
「佐了は将軍だろ? いなくなったら、心配されるんじゃないのか?」
「俺はよく遠乗りに出るからな。お前を拾った時もそうだ。三、四日、帰らなくても心配されることはない。それに、俺が飛燕様の女であることは、俺の部下も承知している」
「女って……」
主従関係を思わせる単語にムッとする。ムッとするのに、「いつからなんだよ」と聞かずにはいられなかった。
「なぜそんなことを聞く」
佐了はクスッと笑った。裕翔は座ったままスイっと佐了の元へ近寄った。
「好きだからだよ」
佐了の顔から笑顔が消えた。瞳が泳ぎ、頬が赤らむ。
「最初は、こんなに綺麗な男がいるんだって驚いた。上品なその顔をぐしゃぐしゃにしたいって思った」
手が触れる距離まで近づいた。頬に手を伸ばす。あんなに痛めつけたのに、佐了は裕翔の手を避けようとしない。そんな態度もたまらなかった。
「この綺麗な顔も、わかりやすく反応する体も、心も、全部俺のものにしたい」
裕翔の手のひらに顔を擦り付けるようにして、佐了は首を横に振った。
「佐了……
佐了が両目をカッ開く。
「どうしてお前が……飛燕様から、何を聞いた?」
「飛燕は『幼い弟』って言ってた」
「……どうしてっ」
「でも先に名前を出したのは佐了だよ。俺を見て兎斗って言った。兎斗が見ているから止めてって、うなされながら、何度も訴えてた。飛燕を父親と間違えながら……」
佐了の狼狽えた表情に、やはり覚えてないんだなと、裕翔は思った。頬をそろりと撫でる。
「佐了……俺は弟に似ているか?」
佐了はクッと眉根を寄せ、「わからない」と言った。
「俺は十八で出征し、一度も故郷に帰っていない。兎斗とはそれきり……もう、六年も会っていないのだ。お前を見た時、兎斗が十九歳に成長したらこのような風貌だろうかと思ったが、実際はどうかわからない」
「ちょっと待って……十八から出征?」
「俺は遅い方だ。早い者だと十歳から入隊する」
「いや、そうじゃなくて……」
十八歳から家を出たということは、それより前から、家族に乳を吸われていたことになる。そして六年も経っているのに、佐了はいまだに、父親に犯される夢を見る……
考えたらゾッとした。一体何歳から……何年間、彼は家族に搾取されてきたのだろう。
裕翔の懸念を察したのか、佐了は「ああ」と顔を赤くした。
「飛燕様には、十八歳から世話になっている」
そっちじゃない……いや、そっちも気になるが。っていうか入隊直後からあいつと関係持ってたのかよ。それに「世話」って。
「なあ、さっきも聞いたけどさ、佐了とあいつ、どういう関係なんだよ。家畜とか、世話とか……女とか。愛し合ってるわけじゃないよな?」
「まさか」
佐了が当たり前のように笑うから、裕翔は無性に腹が立って、唇を重ねた。
「っ……」
頬に添えた手を後頭部へ滑らせ、逃げ場を封じた上で、舌を絡め取った。
「はあっ……」
「舌、出して」
言うと、佐了は躊躇いながらも舌を差し出してくる。裕翔はたまらなくなって両手で彼を抱きしめた。控えめに差し出された舌をきつく吸い上げる。視界の中の滑らかな頬が、裕翔に応じた分だけ窪むのが嬉しい。
「んっ……ふっ」
家族という一線を超えてしまっているから、好きでもない男とのキスも抵抗なく受け入れられるのかもしれない。
それとも、弟に似ているから、応じているのだろうか。普通なら躊躇いになる要素だが、彼の育った環境は複雑だ。
腹を空かせた家族は一斉にこいつを取り囲んで。
ふいに、飛燕の言葉が頭に過ぎった。家族とは一体、どこまでを指しているのだろう。「一斉に」という単語は、裕翔の感覚では「家族」に使うものではない。
「こういうことは、家族とはしないんだよ」
たっぷりと唇を味わい、この行為を自覚させた後で、裕翔は言った。
「家族とはセックスも、キスもしない。本当に愛しているなら別だけど……佐了は、父親のことを愛していたのか?」
感度ばかり育てられ、家族に貞操観念を狂わされた男に、この言葉は残酷だろうか。彼を追い詰める質問とわかっていて、聞いた。
「……わけのわからんことを聞くな」
「難しいことは聞いてないよ。父親のことが好きで、セックスしたかったのかって聞いた」
「その問いは不愉快だっ」
「不愉快なのは父親に犯されたことだろ。意識飛ばしながら、いやいやって首振るくらいなんだから……嫌だったんだろ?」
佐了は唇を引き結ぶ。目の縁が潤み始めた。
「どうして嫌って、そんな簡単なことが言えないんだよ」
佐了はキッと睨んだが、その目はすぐさま力なく伏せられた。
「お前が嫌って言えないなら、俺は、嫌がってる相手に無理矢理キスしていたかもしれない。だったら謝らないと」
佐了がハッとしたように顔を上げた。
「お前が謝る必要はない……さっきのは、不快ではなかった」
「家族とのセックスは?」
「……しつこいぞ」
「嫌だったんだろ……それとも、お前も楽しんでたのかよ。三日おきに家族に一斉に取り囲まれて、父親と公開セックスして、女みたいに母乳吸われんの、お前も望んでやってたんだ」
佐了の体が小刻みに震え出した。砂漠で、四つん這いにした時と同じだ。どう考えてもトラウマだろうに、彼はか細い声で、「そうだ」と答えた。
「嘘だ」
「嘘じゃない。お前の言った通りだ」
なにやら根深いものを感じ、途方もない気持ちになった。
家族から離れて六年も経つのに、振り返って「嫌だった」と言うこともできない。
「なぜ泣く?」
佐了が戸惑う。
「佐了が泣かないから」
もっと困らせる。
「佐了が家族から受けてきた仕打ちも、飛燕に女扱いされてることも、俺は嫌だよ……めちゃくちゃ嫌だ」
佐了が言わないから、裕翔はしつこいくらい「嫌だ」と言った。
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