第4話
「のこのこ帰ってきよって。貴様など男でないわ。死ぬのが怖いなら、潔くタマを取って女として生きればいいものを、
娼妓の太ももを撫で回しながら、
失った右目がキリキリと痛んだ。あまりにも痛むので、佐了は思わず目を押さえた。
「なんだ、
自分の目を奪った男を睨むが、男はふん、と鼻で笑うだけだった。
「佐了、天天を読め」
先輩の
「なぜっ!」
突如声を荒げた佐了に、視線が集う。
「どうした、佐了?
隊長の戦闘機だった。それが、信じられない速さで敵母艦へと向かっているのだ。
「七八号機、カミカゼ……」
佐了が言うと、ドッとその場が湧いた。
「まさかっ!」
「なんとっ! まことかっ!」
カエル顔の、肥え太った男が満面の笑みになる。それを見た瞬間、毛穴という毛穴から、血が噴き出すような怒りを覚えた。
「おほほっ! 聞きましたかな
ブシューッ、とカエル顔の首から鮮血が噴き出した。
「
佐了は静かに言った。大それたことをしておきながら、心の中はひどく静かに凪いでいた。
「いやあああああっ!」
一瞬の静寂の後、娼妓が悲鳴を上げる。それに連鎖するように、貴族らがみっともなく騒ぎ出す。佐了は目を閉じた。(なぜです、
「ぎゃあっ!」
逃げ惑う貴族を斬っていく。元軍人は自分だけ。左腕が使い物にならなくても、俺に敵う者などいない。
貴族らは見栄のために長剣を腰に下げているが、誰もそれを使わない。
全員殺す。それが隊長への弔いだと、佐了は思った。兵士が命懸けで戦う中、賭博などしている腐った連中を、一人残らず殺すのだ。
「うがあっ!」
「ぎゃうっ」
「ひぐぁっ!」
カサ、と音がし、振り返った。惨状、と呼ぶのがふさわしい光景。華やかな
うつ伏せで倒れる
長剣を振り上げる。身の危険を察したのか、
「た、頼むっ! 殺さないでくれっ!」
胸の前で手をあげる。命を惜しむ姿に、余計に怒りが込み上げた。眼球が熱くなり、佐了は眉間に力を込めた。
それを、失った右目が痛むと思ったのか、
「か、返す……だから、だからどうか命だけはっ……」
失った右目からは血が、琥珀色の左目からは涙が溢れた。こんなくだらない人間の娯楽のために、黄亜の民は戦に駆り出され、虫ケラのように命を散らしていったのだ。
「こんなことをして、死罪は免れんぞっ……いやっ、貴様は死罪よりも惨い拷問を受けるのだっ! 簡単に母親の元へは行けないぞっ!」
振り上げた腕が、止まった。
「わ、わたしが救ってやろうっ……貴様がこれからも
気づけば、佐了は
(
揺らいでしまった心を正すように、血で濡れた刃を振り払う。足元に落ちた巾着袋が目に止まり、拾い上げた。
右目が入っていた。自分のものと思えなかった。持っていても仕方がないが、誰かの手に渡るのも癪なので、袖に仕舞った。
絵巻と天天は散乱し、もう戦況を読むことはできない。
(
佐了は部屋を出た。廊下に、腰を抜かした娼妓がいた。佐了に気づくと、尻で後退った。
「お許しを……私はただ、ただ呼ばれてここにいただけなのです……っ!」
殺す気はなく、通り過ぎようとしただけだったが、女は「こ、子供がいるんですっ」と訴えた。その言葉に足を止める。
「なぜ産んだ」
女は青い顔で、「それは……」と言ったきり、口をつぐんだ。
「娼妓の子供が幸せになどなるものか」
佐了の母は娼妓だった。父は乱暴な客だった。『お前を見るとあの男を思い出す』と母はよく言った。
「そんなこと、考えなくてもわかるだろう……っ!」
怒鳴ると、女は両手で顔を覆い、シクシクと泣き出した。胸が痛んだが、慰めの言葉をかけてやる気にはならなかった。スッと女の横を通り過ぎる。
「お待ちをっ!」
ふり絞ったような声に、振り返る。泣いていた女がふらりと立ち上がり、自身の背後を手で示した。
「こちらに抜け道がございます。追っ手が来る前に、さあ早くっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます