白髪の男

 生き抜いてやる……その前に自分は無力だった。


 佐了に「ここにいろ」と連れられたのは湿った暗い地下牢だった。「タンチョウ族の疑いがあるから」と言われても納得できるはずがないが、どうすることもできずに一晩過ごした。


 佐了の話によると、タンチョウ族というのはこの大国……座貫の領土を荒らし回る遊牧民族で、普段は国土の半分を占める砂漠に潜伏しているらしい。


 座貫ざかんは三百年にわたってタンチョウ族と交戦を続けている。広大な砂漠に潜伏するタンチョウ族はその規模が掴みづらく、座貫軍は砂漠に逃げ帰るタンチョウ族を追撃できずにいた。


 タンチョウ族はみな黒髪で、例外はない。そのため砂漠で倒れていた裕翔は、黒髪を理由にタンチョウ族の疑いを掛けられた。


 タンチョウ族だとしても、情報収集や軍略に利用できるため、殺される心配はないと佐了は言ったが、今、裕翔は後ろ手に縛られ、地面に座らされている。


 太陽は高い位置にあった。自分とは別に、細く鋭いものが地面に影を落としている。背後にいる男が、裕翔に長剣を振り上げているのだ。


「殺せ」


 目の前……とは言っても、相手は屋内にいた。広々とした平屋の、開け放たれた掃き出し窓の向こう、そこに、あぐらを掻いて座っている。長い髪をまとめず、垂らしている。真っ白な白髪だが、顔は若い。二十代後半くらいだろうか。端正な顔立ちだが、全身から湧き立つような殺気が恐ろしい。


 その男の一声で、細長い影が動いた。ビュン、と頭上で音がし、風で髪が揺れた。


「やめよっ!」


 痛みを覚悟し、裕翔は硬くまぶたを閉じていたが、長剣が止まったのを気配で感じ取ると、おそるおそる目を開けた。


「何を勝手なことを……その男は利用価値があると、軍議で決まったばかりであろう。飛将軍と呼ばれるお前であろうと、我が軍の切り札を勝手に殺せば、タダでは済まないぞ」


 そう言って現れたのは、白髪まじりの髪を頭上で団子にまとめた、小柄な男だった。複数の男を従えている。


芭丁義ばていぎ殿、誰が入って良いと申しましたか」


 白髪の男が言った。


「宮廷だ。ここはお前に貸し与えられた敷地であって、お前の私有地ではない」


 小柄な男はそう言って、裕翔の背後を見やった。


「剣を下げよ。命令とはいえ、貴様もタダでは済まないぞ。その男は貴重な黒髪だ。タンチョウ族討伐に利用する」


「そんな男に利用価値などありません」


 小柄な男が、白髪の男に視線をやった。


「それはお前が決めることではない。この男を生かすと、軍議で決まったのだ。それを破ったとなれば、庵子や斜奪がここぞとばかりにお前を責めるぞ。奴らにつけ入る隙を与えるな」


 白髪の男は、じっと裕翔を見つめた。殺傷能力の高い視線を受け止められず、裕翔は男の背後に目をやった。そこはただの暗がりだが、一瞬、もぞりと何かが動いた気がした。目を凝らすが、やはり暗くてよくわからない。


「黒髪は災いをもたらします。生かしておくべきではない。きっと、呂帝は納得してくださることでしょう。あのお方は、黒髪は一人残らず処刑せよと命じた永帝を、心から尊敬しておられるようですから」


「ならば、呂帝ろていの許可を得て処刑するのだ。それなら誰も文句を言うまい」


 小柄な男が言った。


「ではそれまで、その男を私が預かることをお許しください」


「危害を加えるんじゃないぞ」


「けして」


「……良いだろう」


「ありがとうございます」


 白髪の男は深々と頭を下げた。


「お前たちも戻っていい」


 小柄な男たちが去っていくと、白髪の男は、庭に立つ男たちに言った。彼らも去ってしまうと、屋外とはいえ、白髪の男と二人きり……意識すると不安になった。この男は俺を殺すつもりで、他の人間を帰らせたのではないか。


 男がすくっと立ち上がった。上背のある美丈夫だった。真っ白な髪は腰に届くほど長く、端正な顔立ちと相まって、人間味に欠ける。


 男が裸足のまま庭に降り立つ。一歩が長いから、すぐに裕翔の目の前に迫った。


 男は何も言わずに裕翔の胸ぐらを掴んで立たせると、グイグイと屋敷へ引っ張った。


「ちょっ……なんだよっ……危害を加えないんじゃなかったのかよっ……」


 中に入るなり、男は裕翔を突き飛ばした。両手を後ろ手に縛られている裕翔は、コロンと床を一回転してうつ伏せに止まる。


 パタン、と戸の閉まる音に鳥肌が立った。日差しが遮られ、視界が一気に暗くなる。目を開けても何も見えない。……見えないが、目の前に気配を感じる。白髪の男は背後のはずだ。


 長方形の照明具が、裕翔の目の前に置かれた。オレンジ色の光源が、和紙の奥で揺れている。


 半径一メートルほどしか照らさない、わずかな明かりによって、裕翔は気配の正体を見た。


「っ……」


 息をのんだ。槍を突きつけられた時以上の衝撃、戦慄が、裕翔の全身を駆け巡った。


「佐了……っ」


 目の前には、佐了が横たわっていた。佐了は服を着ていなかった。両腕、両膝を後ろに曲げた不自然な格好で、右同士、左同士、麻縄で結びつけられている。


 強制的に反り返った胸は、裕翔の方を向いていた。皮膚全体がしっとりと汗ばんでいる。胸の突起は際立って濡れそぼっていた。初めて見た時よりも、そこは赤みが強く、ぽってりと腫れている。


 佐了の表情は、わからない。高い位置で引っ詰められていた栗毛の長髪が、今はストンと下ろされ、顔の大部分を覆っているからだ。


 まっすぐ筋の通った美しい鼻先からは、ぽた、ぽた、と汗が滴り落ちる。


 半端に開いた唇からは、厚みのある舌が覗いていた。舌が腫れているのかもしれない、と思ったのは、ハクハクと佐了が喘いだからだ。言葉を発したいのに、舌が思うように動かない、そんなふうに見えた。


「なっ……」


 上半身ばかりに気を取られていた裕翔は、そこで初めて、佐了が受けている仕打ちを目の当たりにした。


 尻の間から伸びる、滑った細長い生き物……あれは、まさか。


「それは粗蛇と言ってな。暗くて狭い場所を好む」


 白髪の男が言い、細長い生物……粗蛇と呼ばれた蛇の尻尾を掴んだ。


 佐了が「はあっ」と大口を開ける。やはり異常に舌が腫れていた。


 白髪の男が粗蛇をクイクイと引っ張ると、佐了は自由にならない体で悶えた。


「や、やめろっ!」


 裕翔は声を張り上げた。白髪の男は構わず粗蛇を引っ張る。尻から引っ張り出された粗蛇は、白髪の男が手を緩めると、巻取りコードのようにシュルルッ、と佐了の中へと戻っていった。


「あぁっ、あっ……」


 痛がっている声ではない。性器は力なく垂れている。けれどその先端からは、残滓のようなものがたらりと滴り、その下に広がる水たまりに落ちる。


「はあっ……」


 白髪の男が再び粗蛇を引き抜き、手を緩め、粗蛇が自らの意思で佐了の中へと戻っていく。


「あっ、あっ……はっ、ああっ」


 佐了が首を打ち振り、乱れた長い髪が口の中に入り込む。ひどく扇情的な光景だった。濡れた唇からも涎が垂れる。全身から水分を発散する姿がたまらなくエロい。


 佐了は喘ぎながらクネクネと悶える。嫌なのかもしれない。でも、快感を貪っているようにも見えた。少なくとも痛みを感じている顔ではない。


 それに気づくとムクムクと興奮が湧き上がった。触りたい。どこでもいいから触って、舐めたい。


「どうした佐了。そんなに腰を揺らして……舐められるだけでは足りないか」


 舐められる……白髪の男の言葉に、裕翔は不覚にもドキリとしてしまった。


 ズッポリ埋まった粗蛇の頭。それが最奥を押し上げているだけでなく、細長い舌が縦横無尽に動いているのだと思ったら。


 ゴクン、と喉が鳴った。


「佐了、顔を上げろ。お前の乳を吸ったのは、こいつだな?」


 佐了は俯き、首を横に打ち振った。白髪の男が、佐了の髪を手綱のように鷲掴み、グイッと引っ張る。そうして持ち上げられ、裕翔の前に晒された美貌は赤く火照り、これまで見た何よりも色っぽかった。気持ちよくてたまらない、というような恍惚とした表情に、裕翔は背筋がゾクリとするほど興奮した。


「無意味な嘘をつくんじゃない」


 白髪の男が粗蛇の尻尾を引き抜き、手を緩める。粗蛇は佐了の中を自分の居場所と思っているのか、急いで中へ戻った。


「あぁっ……」


 筆で書いたような切長の眉が、苦しげにグッと下がった。乳首だけではこんな顔はしなかった。うまく舌が動けば、彼は気持ちい気持ちいと連呼するのではないか。無防備な惚けた表情に、ついそんな想像をした。


「黒髪の男、こいつの乳は美味かったか」


 白髪の男に問われ、裕翔の視線が佐了の乳首へ向かう。


 とても甘くて、美味かった。もう一度味わいたい。佐了の感じる声を聞きながら。


「こいつの乳を飲んでいいのは、俺だけだ」


 え、と白髪の男を見上げる。


「こいつが女のように乳を出すことも、その味も、俺だけが知っていればいい」


 まさか、俺を殺そうとしたのって……


「佐了、なぜ俺以外の男に乳を吸わせた?」


 白髪の男が粗蛇を全部引き抜いた。佐了をうつ伏せに押し倒し、ゆっくりと閉じようとしている暗い穴に指を突っ込む。


「らっ……あ、はあっ……」


「佐了、気が緩んでいるな。もっと締めろ」


「ぁ、あっ!」


「もっとだ」


 白髪の男は手慣れた様子で、浅い部分を重点的に責め立てる。自分が責めているわけではないのに、裕翔には佐了の快感が容易に想像できた。


 男の指は悪質だった。極めそうな瞬間を狙って引き抜くのだ。


「淫乱に仕込まれたとは聞いていたが、ここまで節操がないとはな。……もっとだ。まだここはだらしなく緩んでいるぞ」


 男の指がグイッとそこを押し込んだ。


「あはっ……は、ああっ」


「俺は不安で仕方がない。その男が、お前の乳の味を吹聴したらと思うと気が狂いそうになる」


 男の指が激しく動く。佐了は激しく首を振った。足の指がぎゅうっとまるまる。誰が見ても絶頂が近いとわかる反応に、裕翔は釘付けになった。


「どうした? 俺を安心させてはくれぬのか? また、失望させる気か?」


「あっ、あっ、ああっ……」


「どうなんだ、佐了」


「っ……ああっ!」


 佐了はえび反りの体をびくびくと痙攣させた。


 白髪の男が指を引き抜く。立ち上がり、腰に何連も巻かれたベルトを外し、下半身をくつろげる。その中心にあるものは逞しく、凶悪にそそり立っていた。


 余韻に浸る間も与えず、男はそれを、佐了の中に埋め込んだ。佐了は両足を後ろに曲げた格好だ。寝バックの姿勢でしか犯せない。その姿勢で日常に犯されているのか、佐了はすぐさま快感を得たように、「はあっ」と熱い息を吐いた。

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