熱帯体育館
紫鳥コウ
熱帯体育館
少女たちは裸足で体育館を駆け回り、ある一団は
そして「あの子」は荒縄で捕縛されて、
しかしあの一団は、花一匁に打ち興じて、「あの子」のことなどもう忘れてしまった。月の光が届かない体育館は、「あの子」から半径数メートルだけは明るくなった。すると、まるで火取り虫のように、蝋燭の炎に誘われて、ひとりの少女が、暗やみからぬっと顔を突き出してきた。
そして、詐欺師のように笑い、どんどん顔を近づけていった。
詐欺師は、蝋燭の火に照らされた「あの子」を、いろいろな角度から検分した。「あの子」は、
* * *
夏の夜に、体育館で
刻一刻、陽は傾いていき、体育館は段々と暗くなっていった。少女たちは身体を寄せ合い、お互いを励ましあった。するとひとりの少女が、こんな提案をした。スマホのライトくらいなら、窓から明かりが漏れることはないだろうと。
しかしもうひとりの少女が言った。警備員が施錠にくるまでは、こうして息を潜めて待たなければならないと。少女たちは、体育器具が収納されている物置の、十段に重ねられた跳び箱の後ろに隠れていた。それは、三人を
内側から鍵を開けることができる以上、物置の扉が施錠されたところで閉じ込められる心配はない。むしろ、施錠されたということは、警備員が巡回し
* * *
十九時を回っても物置が施錠される気配はなかった。さすがに遅すぎるのではないかと思い、じゃんけんで負けたひとりの少女が、扉の隙間から外の様子を
音を立てないようにそっと扉を開こうとしたが、少し押しただけで、きいいと鋭い悲鳴が響いた。少女は、とっさに扉を閉めて、内側から錠をかけてしまった。すると三人のうちのひとりが、物置が施錠されていると、警備員が中を細かく確認するに決まっていると、戻ってきた少女に注意をし、鍵だけは開けるようにと命令した。
しかしこうなると、物置から外へ足を踏み出すために、
* * *
そして三人には、切実な悩みがあった。買い込んでおいたスポーツドリンクを、もうとっくに飲み切ってしまっていたのだ。ひとり二本ずつ自販機で購入したものの、狭苦しい物置に蒸し焼きにされ続けていることは、想像を絶する苦痛だった。
このままでは熱中症で三人とも倒れて、死人に数えられてしまうかもしれない。そういう焦りを覚えたひとりの少女が、もう帰ろうと提案した。異論を唱える者はいなかった。
すると今度は、この後ろめたい行為をひた隠しにしたいという気持ちが生まれてきた。そこで三人は、
そのためにも、外の様子だけは確認しておきたい。もしかしたらいま、警備員が、体育館のべつのところを見廻っているかもしれない。ひとりの少女がそう考えたのだ。
* * *
今度は、この少女たちのうち、じゃんけんで負けたひとりが、慎重に扉を開いて、少しの隙間から外の様子を窺った。しかし、狭い視界で広い体育館を見渡すのは不可能だった。そこでひとりの少女が、スマホを外にだして写真を撮ればいいと提案した。
だが、暗やみのなかで、隙間から手を伸ばしてシャッターを切るのは難しい。そこで、セルフタイマー機能を使うことにした。その役目は、じゃんけんで負けた少女が引き続き担うことになった。
しかし、写真は真っ暗だった。少女たちは暗やみのなかで、鮮やかに写真を撮る方法を知らなかったのだろうか?――それはともかくとして、少女たちはあらゆる苦心を繰り返しながら、脅えるように、
ようやく気付いたところによると、自分たちを撮ってみると、意外にもはっきりと、その姿が映るのである。ということは、レンズがなにかに当たってしまっているだけなのだろうか。では、一体なにがこの隙間の先にあるのだろうか。
少女たちはもう一度じゃんけんをした。先ほど負けた少女は、今度は裸の手を、ぐっと遠くへ差し出すことになった。
* * *
恐る恐る、まるで、これからなにか盗みを働くかのように、扉の隙間から手を差し出すと、少女はふたりの方へと振り返り、微笑を送ったようだった。いや、少女は、微笑でもしなければ、心の
少女は手を引っ込めようにも、あちらから、何者かにぐいっと引っ張られて、思う通りにいかないのである。ふたりは少女に飛びかかり、その腕を握り大根を引っこ抜くように力をいれたが、びくともしない。
そうしていると、不意に、知らない少女の声が聞こえてきた。「そっちは、どの子がほしいの?」――と。扉の向こうで、大勢の少女たちが花一匁をしている声が、どんどんはっきりと聞こえてきた。
気付けば、
熱帯体育館 紫鳥コウ @Smilitary
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