第8話 ひたすらそこに打ち込むのみ……。
うどんになって良かったことといえば、おそるべき速さのキータッチ。
とにかく、ネタノートをぺらりとめくっては、小説として文章にしていく。10万字までなら、パンツァー――プロットを立てずに書いていく書き方のこと――でガツンと書き進める。
書きながら、10万字を超えそうな部分の思いつきは、ネタノートに追加でメモを残す。これもキータッチの打ち込みと同時にうどんの触手を一本、ペンを持たせることでできる。
書き上げた10万字は一度、置いておく。そして、新しい小説へと取り掛かる。
プロットをゆっくりと創り上げていくプロッターとしてのやり方から考えると、アラがある。ミスや矛盾も残ってしまう。もしミステリだったらこういうやり方では書けないだろう。
だが、多作になるのは間違いない。
10万字を3作品書くのに、約5日間でいいとか、以前、人間の身体だった頃だと、考えられない執筆ペースだ。まさにチートだと言える。
3つ書き上げたら、最初の作品を読み込む。気になる矛盾や、誤字、脱字を修正していく。
意外と多いのが登場人物の名前のミスだ。間違えそうにないところなのに、間違える。不思議だ。
このセリフをこいつが言ったらおかしいだろ、というところで間違えてるからどうしようもない。
トータルで1週間。それで3作品の約30万字が仕上がる。
ネタノートのネタを食い潰す勢いで書くことができる。まあ、並行して、どんどんネタはメモしてるから、とりあえずネタがなくなることはないだろうけど。
そこからはライリーへの予約投稿をしていく。約3000字に分割された1話ずつ、コピペしては再確認して、さらに見つかる誤字や脱字を修正する。
……いやマジで、どんだけあるの、誤字脱字。
思わず小説家川柳になってしまった。
修正しても、修正しても、どこかに誤字や脱字は隠れてる。これは小説家あるあるだろうと思う。
誤字や脱字はない方が望ましい。
ただ、これまで見てきたオレの経験上、誤字や脱字があったとしても、そこではない。小説そのものの面白さの方が重要だ。
……いっぱい誤字脱字があるWEB小説がいくつも書籍化されてるからな。
だとすると、いかに面白さを出すのか、というところがポイントになるんだが、これがとにかく難しい。
……それが分かってるんなら、とっくに書籍化されてるっての。
もしうどんに口があったら確実にため息をついているだろう。
そこで、オレは水分補給の休憩をはさんだ。気分を変えたいというのもあった。
ノパソのある机から飛び降りて、床に着地。
ここからは、今までのオレとは違う。
まず、着地した時点で、接地するうどん触手は、らせん状にぐるっと巻いてある。何本も、だ。
そのうちの三本で助走的なジャンプをする。これは身体全体を浮き上がらせることを意識したものだ。
そこから完全に三本の触手が伸び切る前に、さらに四本の触手で大きなジャンプをするという、2段階式のうどんらせんジャンプという新技をオレは開発した。
だいたい、1メートル半くらいは飛び上がることができるようになったのだ。移動力は大幅に向上しているし、机の下から上までは一発で飛び乗ることができる。
これに加えて、イカの触腕のように二本のうどん触手を伸ばし、何かを掴む。そうすれば、もっと高いところにも到達できる。
ジャンプの角度と、ぶら下がるための何かがあれば、振り子のように、遠くへと一気に移動も可能だ。
そうやって移動したオレがキッチンのシンクで水を補給していると、その間に夏実がノパソのキーボードを綺麗にしてくれる。
除菌もできるウエットティッシュの出番である。
……まあ、キーボードがとにかく汚れるからな。うどんの小麦成分で。真っ白に。いや、やや黄ばんでるか。残念ながら。
データが消えないように、ワープロ機能のあるアプリは閉じておかないとダメだ。そのへん、夏実はあんまりくわしくないから要注意だ。
ブラウザでネットをのぞくことは夏実も普通にできるので、キーボードを拭きながら、夏実はライリーを見たりしてる。
「ケイちゃんってさ、ファンタジー? この異世界ファンタジーっていうのと、現代ファンタジーっていうのが、多いよね?」
うん。その通り。あとはラブコメもあるけど、そこは少ない。あと、キッチンからだとパソ談ができないから返事はできない。
「なんで他のは書かないの?」
まあ、あとでまとめて解説してあげようと思う。パソ談で。
それは、ジャンルの統一性がWEB小説では重要になるからだ。
ライリーでは、ファンタジー系とラブコメ系に読者が集中している。しかも、男性のユーザーが多いと考えられる。
例えばライバルサイトの『小説家の野郎』だと、異世界での恋愛ものが人気で、おそらく女性の読者が多いと考えられる。
こういう分析も重要だろう。
オレの目標は書籍化で、目的はPVの確保と、その結果としての広告収入の分配。すなわち、インセンティブの獲得だ。
読者がそもそも少ないジャンルは、どんなに面白いものを書けたとしても、なかなかPVは獲得できない。
ところが、読者が多いジャンルだと、そこそこ面白いものでもかなりのPVを獲得できる。
ライリーで読者が多いのはファンタジー系、それも異世界ファンタジーだ。だからまずは異世界ファンタジーというジャンルで勝負するべきだろう。
ただ、ファンタジーというくくりなら、現代でも異世界でも、どっちでも読むという読者もいる。だから現代ファンタジーにも手は出す。
もうひとつ、ラブコメ系も読者が多いから手は伸ばすんだが、このジャンルはオレが苦手なので、そういう意味で難しい。
自分の作風に合っていて、それでいて読者の多いジャンルを狙う。これは重要だ。
そして、可能なら、同じジャンルの作品を書き続けることも重要になる。そうすると、前作の読者を新作に引き継げる可能性が高いのだ。
WEB小説では読者は作品につく、とされている。だが、ジャンルが同じであれば別の作品を読んでもらえる可能性は高くなる。
水分を補給し、ノパソの前に飛び上がってから、オレはそんな話を夏実とパソ談でかわした。
「へー。ケイちゃんって、いろいろと考えてるんだねー」
『まあな。何も考えずに読まれるような天才的な作者もいることはいる。だが、オレはそういうタイプじゃないから』
「そんな人もいるんだ⁉」
『ああ。処女作……初めて公開した作品がいきなりバズって書籍化、なんて人もざらにいる。むしろそういう作品は書籍になってからも売れてるし、そのままコミカライズしてマンガになって、さらにはアニメ化されて……なんてどんどん売れる』
「ほえー。なんか、すごいねぇ」
夏実はよく分からないけどすごい、という顔をしていた。
「……でも、うどんになってまで頑張ってるケイちゃんは、いつかきっと、そういう小説家になれると夏実は思うな」
そう言うと、夏実はへにゃりと笑った。いつもの夏実の笑顔だ。
そんな夏実の一言に、オレは本気で泣きそうになった。うどんだから泣けないけどな。
本当に、優しい、いい子に育ったと思う。夏実を育てたひとりとして、夏実の優しさに包まれると本当に温かい気持ちになる。
……これからも、オレは夏実を守るんだ。夏実がずっと、優しい人でいられるように。
オレはそう心に誓ったのだった。
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