第6話 オレと夏実のこれまでとこれから。



「……なんだかよくわかんないけど、うどんがケイちゃんなんだ」

『なんだかよく分からんのはこっちも同じ。そして、うどんがオレだ』


 オレと夏実はノパソの前で会話している。夏実は普通に。オレは筆談というか、パソ談で。まあ、普通に話せないのはうどんだから。どうしようもない。


 夏実は叔父のオレのことをケイちゃんと呼ぶ。これは夏実が小さい頃からの、母さんと姉さんの影響なんだ。ま、しょうがない。

 オレが呼ばせてるんじゃないぞ? そこは勘違いするなよ?


 夏実は、オレの教育の成果だと思うんだけど、生き物に優しい子だ。

 当然、動くうどんになったオレにも優しかった。

 そのお陰で、こうやってパソ談ができてる。うどんが生きているのかどうかは考えないでほしい。その答えは知りたくない。


「ケイちゃんのえっちな白いのかと思ったら、うどんだったとは。夏実もうどんみたいだなー、とは思ったんだよねー」

『誰が夏実にそんなおかしなことを教えたのかを教えなさい』


「おかしなこと? 何が?」

『何がって、おまえ……』


 ……って。なんて書けば?


 いゃ、でも、夏実には正しい性教育をしないと。


 だからといって、それをオレが、このノパソで?


 難度高いな⁉


 と、とりあえず……。


『……うどんと見間違うとか、ありえないだろ?』

「え? でも、実物見たことないからわからなくない?」


 ……確かに。それはそうかもしれない。あと、夏実は実物を見たことがないという部分にすごく安心したし。


「こんなとこにうどんあるとか思わないし」


 ……仕事机の下にうどんは、まあ、ないな、うん。机の下にうどんを置いてる人はいないよ、たぶん。インスタントならあるかもだけどさ。


「あと、うどんは動かないよね? ケイちゃんのえっちな白いのは動くけど」

『だからそれを教えたヤツは誰だよ⁉ そいつ、殴ってやる⁉』


「体育の先生だよ? 保健も教えてる。保健体育って名前がほんとの名前でしょ、確か。あと、先生はムキムキのマッチョだからケイちゃんじゃ無理だよね、殴るの。それに、今はうどんだし。あれ? ほんとは、ケイちゃんのえっちなアレって、動かないの?」


『……いや、動くのは、動くんだけどさ』

「なら、先生、間違ってないじゃん」


 ……確かに。間違ってはない。くっ。


 ノパソの画面上、オレのセリフだけが次々と記録されていく。


 ……なんか、カオスだな、おい。


 夏実はオレのイスに座ってノパソの画面をのぞいていて、その前でオレはうどん触手でキータッチだ。


「まあ、とりあえず、ケイちゃんが無事でよかった」

『無事、なのか、これ……?』


 うどんの身体なんですけど?


「こうやって話せるんだから大丈夫だよ。それで、これから、どうするの? ウチにケイちゃんの会社の人が来たみたいで、ママが様子を見てこいって、カギ、くれたんだけどね?」


『あのクソ上司、実家にまで……まあ、会社は、辞めるって話にしてる。これじゃ、どうせ会社には行けないからな。それで……』


 オレは、とりあえず、この半月くらいの間に、いろいろと考えたことを夏実に伝えた。






「……とりあえず、一番心配なのは、ケイちゃんの寿命だよね」

『……ありがとう、夏実』


 夏実は本当に優しい子だ。


「夏実、ちょっと調べてみるね……」


 夏実はそう言うと、スマホで検索を始めた。うどんの寿命とか、調べられるのか? 謎だな? 調べられるとしたらスマホすげぇな?


「……あ、あった。これこれ。うどんのレシピ」

『レシピ?』


「そう。小麦粉からの作り方もあるみたい。これなら、減ってきたっていう、ケイちゃんのうどんの身体も、追加できるんじゃない?」

『おお! そういう方法が!』


 思いつかなかった! うどんの大盛作戦だな! さすがはウチの夏実だ!


 それに、うどんの身体のオレだと、買い物とかは難しい。マングローブ通販でも、玄関で受け取るのがやっぱり難しい。


 夏実が協力してくれるから、オレは、生きられる。


 ……介護状態だったばあちゃん、って、こんな気持ちだったんかなぁ。


 オレは5年前に亡くなったばあちゃんのことを思い出して、ちょっとセンチメンタルな気持ちになった。


 スマホから目を離した夏実がオレとノパソの画面を見る。


「あとで、スーパー行って、材料はそろえるとして……で、お金、本当にネット小説で稼げるの、ケイちゃん?」

『稼ぐ』


「稼げる、じゃなくて、稼ぐ、なんだ……」

『そこは、譲れんな』


「ねえ、ウチに帰ってきたら? ママ、喜ぶと思うけど?」

『この姿を姉さんに見せるのはさすがに……』


「ママは、気にしないと思うけど……」


 ……どうだろう?


 姉さんも夏実も、優しい。それは間違いない。


 だからこそ、甘えは……と言いたいけど、今はうどんで、自分だけではどうすることもできない。


 ……年取って、介護されるようになったら、ずっとこの申し訳なさを感じるんだろうか? だとすると、いろいろと辛いよな。


 ただ、姉さんは母親として、夏実を支えて、育てる立場だ。


 オレも本来はそっち側であるべきだけど、今のオレはうどんだ。夏実のサポートなしでは、うどんのままで生きられない。うどんのままでいたい訳じゃないけどさ。


 夏実の時間を奪ってしまうのは申し訳ないと思う。

 だけど、姉さんに夏実の分の親としての責任だけでなく、うどんになったオレの分まで背負わせることはしたくない。


『すまない、夏実。姉さんにまで苦労させたくない。まだ高校性の夏実に、オレの世話を頼むのは申し訳ないけど……』


「高校性?」

『すまん、それ、誤字』


 オレはなんて危険な誤字を⁉ 予測変換⁉ ちゃんと仕事して⁉ ヨソ見禁止!


『まだ高校生の夏実の時間を奪うのは申し訳ないけど、空いてる時間だけでいいから、オレを、助けてくれないか?』


 夏実が一瞬、真顔になって、それから微笑む。


 そして、手を伸ばして、オレのうどんの身体に触れて、優しくなでる。


「大丈夫。全然問題ない。夏実、知ってるよ? ケイちゃんが高校生の時、小さい夏実をいっつもお世話してくれたんだよね? ママがいつも言ってる。パパは夏実が生まれる時に死んじゃって、写真でしか知らないけど、パパじゃなくてケイちゃんがいてくれたから、夏実には……」


『夏実……』


 義兄……姉さんの夫は亡くなってる。夏実が生まれる時、病院へと向かう途中で、運悪く居眠り運転をしていたトラックにはねられたのだ。


 それからオレは、高校生だったけど、夏実の父親代わりに……いや。夏実の父親になるんだって、頑張ってきた。


 情けは人のためならず、じゃないけど、こうやって、返ってくるんだな……。


『ありがとう、夏実』


「うん。任せて、っと……」


 そう言った夏実は立ち上がった。


『夏実?』


「あ、ごめん。なんか、ケイちゃんなでたら、手、べたべたするから、洗ってくるねー」


 夏実がキッチンへと消えていく。


 ……オレ、べたべたなの? マジで?


 いや、ちょっと感動して泣きそうになってたオレの気持ち、返せよ⁉


 うどんだから涙出ないけど⁉ 泣けないけどな!





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