第20話  桜という女性!

 或る日の夕食時、瞬が桜に聞いた。


「桜は、この辺りのゾンビを管理しているのか?」

「そうじゃ」

「じゃあ、桜を味方につけた俺達は、他のエリアのゾンビ軍団と戦えるんじゃないのか?」

「戦えるが」


 皆の顔色が変わった。希望を見つけた顔だ。


「それじゃあ、やがて俺達はゾンビの世界から解放されるんじゃないのか?」

「どうして、そうなる?」

「この辺り一帯のゾンビを使えば、出来るんじゃないのか?」

「援軍は無いぞ」

「え?」

「この辺り以外のゾンビがどれだけいると思っているんだ? いずれこちらのゾンビが全滅する。そうなったら、もう終わりなのじゃ」

「数が足りないか…」

「そもそも、お前は私がゾンビを生み出せると思っているのか?」

「違うのか?」

「ゾンビの元は人間だ。人間がいないとゾンビは増えない」

「……そうか。そうだな」

「ほな、俺達はどうしたらええんや?」

「今のままで良いではないか。今はゾンビに襲われる心配も無いだろう?」

「確かにそうだが……」

「桜さんの言うとおりですね。瞬、あまり多くを望まない方がいいかもしれません」

「姫!そんなことでええんかいな?」

「クラマ、ゾンビに襲われる心配なく眠れるだけでも幸せかもしれません」

「…そやけど……」

「桜、お前には上司がいるのか?」

「上司? まあ、上下関係はあるな」

「お前よりも強い奴はいるのか?」

「ああ、いる」

「どのくらい強いんだ?」

「私では手も足も出ない」

「桜でも手も足も出ないのか?」

「ああ、トップには神祖がいる」

「神祖?」

「ああ、始まりの御方だ」

「始まりの御方?」

「ゾンビの第1号だ」

「そいつがトップなのか?」

「ああ。その方の直属に4人の側近がいるが、そいつらも強すぎる」

「桜でも、敵わないのか?」

「ああ。手も足も出ない」

「そうか……」

「だが、お前達ならわからないぞ」

「え?」

「レベルアップが出来るのじゃろう?」

「え? ああ……」

「瞬と菫がレベルアップしていけば、あるいは……」

「勝てるのか?」

「わからない。が、可能性はゼロではない」

「希望が湧いたよ」

「言っておくが、私には期待するな。私は今以上には強くなれない」

「わかったよ」

「それに、いつまで私にこの辺りの指揮権があるのかわからない」

「どういうことだ?」

「もし、私が人間と仲良くしていることがわかったら、私の指揮権は剥奪されてしまう」

「そうなのか?」

「まあ、当然じゃろう?」

「桜さんは、それでいいの?」

「ああ、ゾンビとしてゾンビの中で暮らすのには飽きた」

「ゾンビの暮らしに飽きるものなのか?」

「私のように知性や理性の残されたものにとって、ゾンビとして生きるのは苦しいぞ。想像くらいできるじゃろう?」

「何が苦しいんだ?」

「楽しみが無い」

「楽しみ?」

「お洒落も出来ない、食事も美味くない、出逢いも無い」

「ちょっと、出逢いってどういうこと?」


 菫が口を挟んだ。


「言葉の通りだ。この年齢になれば彼氏の1人もほしいのは当然じゃ」

「ガキのくせに、何を言っているの?」

「ガキではない。この姿はゾンビになったときの姿じゃ。ゾンビになってから10年以上経っている。中身は大人じゃ。姫よりも年上なのじゃぞ」

「もしかして、お兄ちゃんに色目つかってるの?」

「そんなつもりはないが……瞬は面白い奴じゃからな」

「どういう意味よ?」

「そのままの意味だ」

「だから、どういう意味よ?」

「瞬に興味はある。だが、男として惹かれているのかどうかはわからん」

「お兄ちゃんは、あんたみたいなゾンビを相手にしないわよ」

「では、どういう娘が好みなのじゃ?」

「お兄ちゃんはねぇ……」

「どうした? 早く言え」

「お兄ちゃんは……」

「話したくなければ話さなくても良いぞ、私は或る程度他人の心が読める」

「嘘!?」

「本当じゃ」


 菫の顔が赤くなっていった。


「私の心を読んだの?」

「まあな」

「私、あなたのこと大っ嫌い!」




 桜は微笑むだけだった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る