第38話 魔法と呪文
翌日、僕は朝早くに目覚めて外を眺めていた。
正直言うと昨日はよく眠れなかった、象さんハウスが恋しいよ。
そんなことを懐かしみながらボーッとしていたら、後ろから誰かに抱きつかれる。
背筋に感じる圧倒的な柔らかさに加えて、甘さとスパイシーさを併せ持った匂いはもしかして。
「あのー、もしかしてランディさん?」
「正解ですわ。すぐお気づきになるとは、さすがタスクさん」
そう言いながらランディさんは、さらに身体を密着させてくる。
このたわわな肉感は暴力的だぞう……!
「あの……僕にはもうお嫁さんがいるんだけど」
「スイートさんから聞いてますわ」
「じゃあなんで?」
「あなたには可能性を感じていますの」
「可能性?」
首をかしげる僕の長い鼻に、ランディさんは背後から手を伸ばしてきた。
「あなたの魔法は少し拝見しましたわ。とてつもない出力が見事でした」
「あはは、それはどうも……」
僕の鼻を撫でるように触りながらのランディさんの言葉に、僕はちょっと照れ臭くなってしまう。
そうかと思えばランディさんの声色が神妙なものになった。
「それだけにもったいないですわ、もっと魔力を扱うテクニックを磨けばさらに魔法を極められましてよ」
「テクニック?」
「呪文の詠唱は何のためにあると思いまして?」
「んーと、魔法を発動するための合言葉だよね」
僕のファンタジー知識では、魔法を発動させるための合言葉として呪文を唱えるってあったはず。
だけどランディさんは僕の長い鼻の先を握って言った。
あの、それくすぐったいんだけど。
「半分だけ正解ですわ。正確には魔力の形をイメージどおりにするために呪文はありますの」
「魔力の形……?」
「例えば、わたくしが無詠唱で魔力を解放するとこうなります」
そう告げるや否や、ランディさんがもう片方の手のひらから火炎を放つ。
間近で見るその魔法は、僕のはなファイヤーに匹敵する火力だった。
「ランディさんもそういうの使えるんだ」
「このくらい魔法を扱うなら基本ですわ。しかしこれではただ火を吹いているだけ。この火を例えば玉や無数の矢の形にしたりする際に呪文は必要ですのよ」
「そうなんだね。つまり僕も呪文を詠唱すれば魔法の応用が利くってこと?」
「そういうことっ。ものわかりがよろしいですわね」
そう言ったかと思ったら、ランディさんが僕の頬に唇をつける。
「ちょ……っ!?」
その唇の柔らかさと温もりに僕がドキドキしたのもつかの間、すぐに背後から絶対零度のように冷たい気配を感じた。
「タスク様、これはどういうこと……」
恐る恐る振り替えると、スイートちゃんがどす黒いオーラをまとってこっちをにらんでいる。
「すすすっ、スイートちゃん!? これは違うんだ!」
「美女とそんなに身体を密着させて、何が違う……? キスされるところも今見た」
そう言うスイートちゃんの眼差しは、氷のように冷ややかなもので。
うわぁ……これはヤバい奴だ、僕の本能がそう告げているぞう……! どう言い訳しようか……。
背筋が冷える中で思考を急いで巡らせていたら、当のランディさんが僕から離れてフランクに謝る。
「これは失礼しましたわ。タスクさんにちょっと魔法のコツを教えようとしていましたの」
「手取り足取り……?」
あの~ランディさん? なんか火に油注いじゃってるような気が……。
ヒヤヒヤしていたらランディさんが指を立てて、スイートちゃんにもこんなことを。
「スイートさん、タスク様に呪文のこと教えていなかったのですね」
「タスク様は万能、自分の教えなど必要ない」
「あら、呪文の詠唱くらいは教えてもよろしかったのでは?」
「うっ」
あれ、スイートちゃんが言葉を詰まらせている。
「それじゃあ後は頑張ってくださいませ~」
そう言い残してランディさんは、ヒラヒラとその場を離れていった。
「……油断も隙もない」
「ランディさんは悪い人じゃないよ、たぶん」
プンスコと膨れっ面なスイートちゃんをなだめたところで、僕は彼女に教えを請うことにする。
「ねえねえスイートちゃん、呪文のこと教えてもらえないかな?」
「……タスク様がそれを望むのならば」
それからスイートちゃんに教わったんだけど、呪文ってのは魔法をイメージすれば勝手に頭に浮かぶものなんだって。
「それじゃあやってみるよ。うーん……」
まずは火の玉を作るイメージをしてみると、スイートちゃんの言う通り頭に文章が浮かんできた。
「火よ集え、火炎の球弾、ファイヤーボール」
すると僕の鼻の前で太陽かと思うくらい巨大な火の玉が顕現して、思わず面食らってしまう。
「わわっ、何だ!?」
「タスク様、空に打ち上げてっ」
スイートちゃんに言われるがまま巨大な火の玉を空に打ち上げると、それは宙で霧散した。
「ふーっ、危なかった……!」
「さすがタスク様、魔法の出力が桁違い」
「でもコントロールできないんじゃなあ」
「それはイメージが足りてないだけ。練習すればそれもうまくいくようになる」
なるほど、練習あるのみってことか。
それから僕は出発までの時間が許す限り、呪文込みでいろんな魔法の練習をするのだった。
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