第36話 獄炎の悪魔
翌朝、僕がスイートちゃんと一緒に出発しようとするのをユメちゃん含めたワンダー一家が見送りしてくれる。
「タスク君に限って心配はしてないが、娘たちのためにも無事に戻ってきてくれよ」
「はい、お義父さん」
そう告げたテリーさんと握手を結ぶと、次に発言したのはプーリーさんだ。
「どうか気を付けてちょうだいね」
「もちろんですよお義母さん」
プーリーさんと抱き合ったところで、続いてリリちゃんとモモちゃんが前に出てくる。
「タスクさん、どうか無理はなさらないでくださいね。必ず帰ってきてください!」
「タスクにーちゃん、がんばれ~!」
「二人ともありがとう」
案じてくれた二人の姉妹の頭を、僕は優しくナデナデしてあげた。
そして最後に歩み寄ったのは、まだ幼いハナちゃんを抱いた最愛のユメちゃんだ。
「あなた、あたしの分までがんばってよ。そして無事に帰ってきてね」
「うん、もちろんだよユメちゃん。――愛してる」
僕が長い象の鼻をユメちゃんの唇に重ねると、彼女はほんのりと頬を染める。
「んもう、あなたも言ってくれるようになったじゃん」
「――そろそろ行く」
ポーカーフェイスなスイートちゃんに促されたところで、ワンダー一家に笑顔で見送られながら、僕たちはいよいよ出発することにした。
「出番だよ、サクラっ」
僕が鼻の穴からピンクの豆粒を出すと、それは同じくピンク色の象さんになる。
「ぱおーん!」
「サクラ、今日もよろしくね」
「こちらこそよろしくだぞう!」
そう言ってしゃがんだサクラの前足伝いによじ登ってから、僕はその大きな背中からスイートちゃんを引き上げた。
「それじゃあ出発進行!」
「おー」
「ぱおーん!」
そうして僕とスイートちゃんは、サクラの背中に揺られながらまずはいつものツーガルへ向かうことに。
サクラたちの力ですっかり安全になった森の道を進んでいると、スイートちゃんがこんなことを。
「タスク様」
「なに? スイートちゃん」
「タスク様はユメをどのくらい愛している?」
ポーカーフェイスでありながらも真剣な眼差しのスイートちゃんに、僕はあごに指を添えて考え込む。
「どのくらいって言われると……そうだなあ」
考えてみたらユメちゃんと結婚からまだ一年ちょっとしか経ってない。
だからユメちゃんのことをまだ全部知ってる訳じゃない、……でもこれだけは胸を張って言える。
「この世界の誰よりも、僕はユメちゃんを愛している。これが僕の気持ちかな」
「……そう」
そんな僕の答えに、スイートちゃんは静かにうつむいた。
「もちろんスイートちゃんも僕は大切だと思ってるよ」
「それはホント?」
「うん、本当だよ」
「……よしっ」
小さくガッツポーズをするスイートちゃん、……まさかね。
しばらくすると僕たちはツーガルの町へと到着した。
町に入った僕たちは、サクラに乗ったまま集合場所のギルドの前へと向かう。
そこでは先日のメンツが先に待っていた。
もちろんその中には僕にいちゃもんをつけてきたチンピラ冒険者もいたけど。
「「「で、デケェ……」」」
三人ともサクラの大きさに口をあんぐりと開けていた。
ふふっ、狙いどおりだぞう。
サクラから降りた僕たちの元に、二十代半ばほどの妖艶な女の人が歩み寄ってきた。
「もしかしてあなたがタスクさんですわね? 噂には聞いていますわ。私はランディ、ゴールドランクの冒険者をやっていますからよろしく頼みますわ」
ランディと名乗った彼女が上品に手を差し出してきたので、僕も握手をする。
それにしても美人だな、左の頬にハートのタトゥーが入った顔は整っているし、ウェーブがかった紫色の長髪もきれい。
それに深いスリットの入った赤いドレスみたいな服装からは褐色の肢体が見え隠れするし、何よりお胸もユメちゃんに負けないくらい大きいな……。
「……タスク様が目移りしてるって、ユメに言いつける」
うっ、背後からスイートちゃんのどす黒いオーラが……。
ちょっとぞぉーっとしたぞう。
「スイートちゃん、そんなんじゃないからね?」
スイートちゃんに弁解しつつ他のメンツに目を向けてみると、何やらひそひそとささやいていた。
「おい、なんであのランディがいるんだよ……!?」
「獄炎の悪魔が一緒だなんて聞いてねえぞ……!」
獄炎の悪魔って、ランディさんのこと?
なんでそんな物騒な呼び名がついてるんだろう……。
「ねえねえスイートちゃん、ランディさんってどんな人か分かる?」
「火の魔法一筋でゴールドランクにまで上り詰めたって、ギルドの魔法使いの間でも結構有名人」
へー、そうなんだぁ。悪い人には見えないけどな~。
そんなことを思ってたところで、僕たち討伐隊は大きめの馬車を手配してムッツー近郊へ向かうことになった。
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