第32話 約束を叶える
僕はリリちゃんをツーガルの町に連れていくことに。
理由は一つ、なんだかんだ後回しにしていたリリちゃんのお洋服を買ってあげるためだ。
「タスクさん、お洋服のことちゃんと覚えてくれていたんですね。リリは嬉しいです」
「もちろんだよリリちゃん。このことを忘れたことなんて一度たりともないからねっ」
そんなことを話しながら、僕とリリちゃんはサクラの背中に揺られている。
……タンゴはどうしても女の子のリリちゃんを背中に乗せたがらなかったからね。
「お姉ちゃんはサクラちゃんに乗らなくても良かったんですか?」
馬に乗って並び歩くユメちゃんにリリちゃんが問いかける。
「いいっていいって。今回はリリがタスクのそばにいてあげてよ」
「お姉ちゃん……! はい、分かりました!」
ウインクするユメちゃんに、リリちゃんは腕を可愛く構えて応じた。
ツーガルまでの道はもうゴブリンとかも出てこようとしなくて、すっかり安全な道になっている。
「こうして安全に歩けるのもサクラとタンゴのおかげだね。よしよし」
「えへへ、どういたしましてだぞう」
僕が頭をペシペシ叩いてあげると、サクラは嬉しそうな声をあげた。
そうして僕たちは程なくしてツーガルの町に入る。
「お疲れ様、サクラ」
「またよろしくだぞうっ」
豆粒に戻したサクラを鼻の穴にしまったところで、僕は前に服を見繕ってくれたメイクさんのお店へ行くことにした。
その道を歩いていると、リリちゃんがモジモジしながらこんなことを。
「あの……手、繋いでもいいですか?」
「うん、いいよ」
僕が手を差し出すと、リリちゃんもか細い手を繋いでくれた。
手の繋ぎかたが恋人繋ぎのそれだから、なんだか緊張するぞう。
「えへへ、これでリリもタスクさんと仲良しですっ」
隣で歩くリリちゃんの笑顔が、僕にはたまらなく愛しくて。
やっぱりリリちゃんも大切な人なんだよなあ。
しみじみと思っていたら、反対側からユメちゃんも腕を組んでくる。
「リリだけズルいな~。嫁のあたしも仲間にいれてよ旦那様っ」
「あはは、もちろんだよユメちゃん」
お返しにユメちゃんの頬に長い鼻でチューすると、リリちゃんも物欲しそうにこっちを見つめてた。
「あのっ、リリにも鼻チューしてもらえますか?」
「ううっ」
リリちゃんの控えめな上目遣い、これは破壊力がハンパないぞう!
「鼻チューね。それじゃあ」
僕が象の鼻を伸ばして、リリちゃんの差し出したほっぺたにくっつけた。
「えへへ~」
嬉しそうにはにかむリリちゃんもすごく可愛い。
そんなやり取りをしていたら、頭上から何やらじとーっとした目線が。
漂ってくるこのナッツみたいな香り、もしかして。
同じく気づいたユメちゃんも、近くの屋根の上に顔を向ける。
「ちょっとスイート、いるんでしょ」
「……バレた」
淡々とそう言いながら屋根からヒラリと飛び降りたのは、やっぱり冒険者仲間のスイートちゃんだった。
「タスク様の愛人が増えた」
「愛人とは人聞きが悪いよスイートっ。妹のリリだってちゃんとしたお嫁さん候補なんだから!」
「……同じこと」
にらみあうスイートちゃんとユメちゃん。
……あら、これってまさか修羅場……?
「自分もタスク様にふさわしい女になってみせる。それまで待ってて」
そう言い残したスイートちゃんは、裏通りに姿を消してしまう。
「ったく、何だったのさ」
呆れたように肩をすくめるユメちゃんに、リリちゃんが問いかけた。
「お姉ちゃん、あの人が冒険者仲間の方ですか?」
「そうね。そういえばリリはあいつと顔をあわせるの初めてだったっけ。また今度キチンと紹介してあげる、あいつも悪い娘じゃないからさ」
「はいっ、お願いします!」
ユメちゃんもリリちゃんも、やっぱり仲のいい姉妹だね~。
ほんわかとした心地になっていたら、いつの間にか目的のお店にたどり着いていた。
「いらっしゃい。――あら、あなたはタスクさんっ」
お店に入るなり店主のメイクさんが僕の顔を見て口許に手を添える。
「僕のこと覚えてくれてたんですね」
「当たり前よ~、だってそんな顔したお客さんなんてあなたぐらいだもの!」
「それもそっか」
そうは言われたけど僕は前ほど傷つかなくなっていた。
もう象の顔であることが当たり前になったのかな。
「それでタスクさん、今日はどのようなご用件で?」
「実はねメイクさん、この娘が欲しい服あるんだ」
そういって僕が空色のドレスを指差すなり、隣でリリちゃんが目を丸くする。
「それはリリがずっと着たかったお洋服です! ……ですけどタスクさんはどうしてそれを?」
「いや~、リリちゃんがあんな物欲しそうに見てたら気づくって」
僕がそう説明すると、リリちゃんは顔をポーッと赤くしてしまう。
「はう~! まさかバレてたなんて……!」
そんなリリちゃんに、ユメちゃんが肩に手を置いて慰めていた。
そんなやり取りを見ていたメイクさんが、リリちゃんの前で腰を屈めてこう告げる。
「あのドレスがずっと欲しかったのね、分かったわ。今からあなたの身体に合うように見繕ってあげる」
「いいんですか!?」
満点の星空みたいに目をキラキラさせるリリちゃんに、メイクさんは指をたてた。
「ええ、任せてちょうだいっ」
それからメイクさんは、リリちゃんの華奢な身体を採寸し始める。
……あえて言っておくけど、採寸の様子は僕見てないからね?
レディーの身体のことはデリケートだろうから……。
採寸が終わってから待つことしばらく、メイクさんがリリちゃんの身体に合わせた空色のドレスを持ってくる。
「お待たせっ。どう、着てみるかしら?」
「いいんですか!?」
「ええ。女の子は可愛いお洋服を着てこそだもの」
「ありがとうございます!」
ペコリとお辞儀をしたリリちゃんは、空色のドレスを受け取って試着室に入った。
ふとユメちゃんがしみじみとこんなことを。
「それにしてもあんな嬉しそうなリリは久しぶりに見るかも」
「え、そうなの?」
僕がキョトンとすると、ユメちゃんはため息をついて続ける。
「ま、それだけあたしもリリのことを放ったらかしにしてたってことね。タスクのことなんにも言えないよ」
「まあまあ気にしないでよユメちゃん。ユメちゃんが頑張っているから、リリちゃんの笑顔が守られてるんだと思うよ」
「そうだといいんだけどね……」
二人でそんなことを話しているうちに、リリちゃんが試着室から出てきた。
「ど、どうですか……?」
「「おお……っ!」」
空色のドレスを着飾ったリリちゃんに、僕とユメちゃんは揃って目を見張る。
「似合ってる、リリちゃんとっても良く似合ってるよ!」
控えめに言って、すごく似合ってた。
優しい空色のドレスが可憐なリリちゃんにはこれ以上なくマッチしていて。
さらにおまけでつけたヒラヒラしたフリルのついたカチューシャも彼女の可愛さをより引き立てている。
「本当……ですか?」
「うん! 今のリリちゃんとっても可愛い!!」
僕が親指を立てると、リリちゃんは赤らめた頬に両手を添えてはにかんだ。
「リリは嬉しいです……!」
こうしてリリちゃんとの約束もようやく叶えてあげることができたんだ。
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