物思う百合の花
小さな胸のうち
第28話 リリの憂鬱
村での結婚式から数日、僕は休む暇もなく依頼の仕事を努めていた。
この日の仕事はとある村で家畜を襲うグレイウルフの駆除である。
「はなパンチ!」
「ギャアンッ!?」
僕が鼻を振り回すと、灰色の毛並みをしたグレイウルフたちがまとめて吹っ飛ばされた。
「てやああっ!」
「キャアアアン!!」
僕の背後では先日お嫁さんになったばかりのユメちゃんが、グレイウルフたちを次々と斬り伏せていく。
「風よ巻き上がれ、荒ぶる竜巻、ウインドトルネード!」
魔法使いのスイートちゃんも風の魔法で竜巻を起こし、グレイウルフたちを一気に巻き上げた。
そうして僕たちは、二十頭ぐらいいたグレイウルフの群れを殲滅することができたんだ。
「ふーっ、久々にいい運動になったよ」
「さすがタスク様、ものすごい力だった」
そう言いながらスイートちゃんが僕の腕に顔を擦り寄せてくるものだから、ユメちゃんもムッとした顔を見せる。
「ちょっとスイート、あんたのスキンシップも程々にしなよ」
「承知してる」
「ホントかな……?」
僕の腕にしがみつくスイートちゃんの淡白な言い分に、ユメちゃんも肩をすくめる他ない。
「だけどタスク。あんたも最近ブロンズに昇格したからって、ちょっと頑張りすぎじゃない?」
「ううん、こんなんじゃまだまだ足りないよ。これでも僕は大黒柱だからね」
ユメちゃんの言う通り、この前の護衛依頼の達成でブロンズランクに昇進した僕は、仕事に精を出していた。
「……リリちゃんのお洋服もまだ買ってあげられてないし」
「タスク……」
ユメちゃんとの結婚式でうやむやになっていたことなんだけど、僕はリリちゃんとの約束を一度たりとも忘れたことはない。
結婚の準備でなんだかんだお金を使ってしまったために、今改めてお金を稼いでいるってわけ。
「……仕事に精を出すのもいいけどさ、最近リリに構ってあげてる?」
「…………」
確かに象さんハウスを建ててからというもの、リリちゃんと顔を会わせる機械がめっきり減ってしまっていた。
というか最近は村に帰らずユメちゃんと出稼ぎに行ってるような状態。
「そんなことよりも仕事頑張らなくっちゃ」
「タスク……」
仕留めたグレイウルフを解体する僕は、ユメちゃんのやりきれなそうな表情にその時気づいていなかった。
*
「はあ……」
今日もリリはおうちでため息をついていました。
最近タスクさんがリリに会いに来てくれません。
お姉ちゃんはお仕事を頑張ってるって、そう言ってましたけど……。
「やっぱりお姉ちゃんと結婚して、リリに構ってる暇なんてなくなっちゃったんでしょうか……?」
そうなることは薄々分かっていた、そのはずなのにリリの胸にぽっかりと穴が空いてしまったように感じるんです。
この気持ちは何でしょう……?
「リリねーちゃん! モモとあそぼーっ!」
物思いに耽っていたリリに声をかけてきたのは、いつでも元気な妹のモモでした。
「……リリねーちゃん、げんきないのぉ?」
「はっ、いえ。リリは元気ですよ。ほら、元気元気っ」
誤魔化すように自己暗示をかけたリリは、気を取り直してモモとの遊びに付き合うことにしました。
「リリねーちゃーん! それーっ!」
モモの蹴ったボールが足元にコロコロと転がってきましたが、リリはそれに気づきませんでした。
「リリねーちゃん……?」
「……はっ! ごめんなさいモモ!」
「ぷーっ、リリねーちゃんつまんない!」
「待ってモモ! ……行ってしまいました」
そう言い捨ててモモは、ボールを拾ってどっかへ行ってしまいました。
「はぁ……リリは一体どうなってしまったのでしょうか……?」
リリにも分かりません、だけどこの空虚な胸のうちが少し寂しいんです……。
*
ツーガルに戻った僕は、ギルドで依頼達成の報告をした。
「こちらはグレイウルフの毛皮ですね、確かに受けとりました。今回もお疲れ様です」
「ありがとうございますティアさん」
受付嬢のティアさんから差し出された報酬を受け取った僕は、今までの報酬と合わせてみる。
「よし、これでリリちゃんのお洋服を余裕で買える」
ガッツポーズをする僕に、声をかけたのはユメちゃんだった。
「これで村に帰れるね」
「そうだねユメちゃん。これで久しぶりにリリちゃんにも会えるっ。――スイートちゃんはまた今度ね」
「了解。行ってらっしゃい」
スイートちゃんと別れた僕は、ユメちゃんと一緒にリリちゃんの待つ村へ帰ることにする。
ツーガルと村を結ぶ森の道をサクラの背中に揺られて進んでいると、後ろからユメちゃんがこんなことを。
「あたしが言えたことじゃないんだけどさ、今度からはリリたちとの時間も大切にした方がいいと思うよ」
「確かに最近は全然顔も会わせてなかったなぁ……。リリちゃんたち、元気にしてるかな~?」
そんなことを呑気に考えながら帰路を進む僕はこの時知らなかったんだ、リリちゃんが僕の思う以上に寂しい思いをしていたことを。
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