第22話 芽生えた純情

 それから僕はまだ回復しきってないユメさんを担いで山を降りることにする。


 ……それにしてもさっきキスされた感触がまだ頬に残ってるよ。


 ついでにこうして背負ってるとユメさんの胸の膨らみが背中に押し当てられて、変に意識してしまう。


 落ち着けタスク、僕は清き男なんだ。ユメさんを変な目で見てはいけないっ。


 そんな気持ちで悶々としながら山を降りた頃には、空はもうすっかり暗くなっていた。


「これじゃあ今から町へ入るのは無理ね。今夜は野宿かな」


 背中から下ろしたユメさんの言葉に、僕は不安を抱えてしまう。


 野宿、この世界ではもちろん元の世界でもやったことがないんだ。


 そんな僕の気持ちを読み取ったのか、ユメさんが頭を下げてこんなことを。


「ごめんなさいっ。あたしが無茶したせいでタスクまで危険に巻き込んじゃった。これじゃあ冒険者失格だよね……」

「ユメさん……」


 僕には分かる、ユメさんは自分の責任感で自責してるんだ。

 だから僕はこう伝える。


「気にしないでユメさん。僕がユメさんを助けたいと思ったんだ、あなたが気に病む必要なんてないよ」

「タスク……あたしを許してくれるの?」

「許すも何も、僕はユメさんを責めたりなんかしてないよ」


 にっこりと笑いながらそう言ったら、ユメさんがいきなり僕の胸に抱きついてきた。


「ゆ、ユメさん!?」

「ありがとう! あたし、あたし……!」


 嗚咽を漏らすユメさんを、僕は抱き返してその背中を優しく擦ってあげる。


 しっかりしてるように見えるユメさんだけど、本当はまだ年頃の女の子なんだ。


「――いつまでもくよくよなんかしてらんないよねっ」


 しばらく慰めると、涙を拭ったユメさんは僕から離れて野宿の準備を始める。


 もちろん僕も微力ながら手伝ったよ。


 焚き火を起こしたところで、僕とユメさんは毛布にくるまって身を寄せ合う。


「今日は本当にありがとね。タスクのおかげで助かったよ」

「いやいや、僕は仲間として当然のことをしただけだよ」

「仲間、かぁ」


 パチパチと音を立てる焚き火に身を寄せるユメさんは、疲れていたのかそのうち寝息をたて始めた。 


 ユメさん、疲れたんだね。


 腕でユメさんの身体を寄せた僕は、彼女の代わりに夜の見張りを努めたんだ。


 夜の間は幸い何事も起こらず、結局僕は夜が明けるまで一睡もしなかった。


 ……正確に言えばできなかった、かな。だってすぐ隣には美少女のユメさんがいるんだもん。


 なんだかんだドキドキしちゃって、夜中を通してずっと目が冴えちゃってたんだ。


 朝になってショボショボする目を擦っていると、僕のそばでユメさんが目を覚ます。


「ん、んん……っ」

「おはよう、ユメさん」


 僕が朝の挨拶をすると、ユメさんははっと目を見開いて立ち上がった。


「もう朝!? ――やっちゃった、ずっと寝ちゃってたよあたし! てゆーかタスクがずっと夜の見張りやってくれてたの!?」


 すっとんきょうな声をあげるユメさんに僕がうなづくと、彼女は額を叩いて唸る。


「あちゃー! ごめんねタスク、あんたにばかり大変なこと任せちゃって」

「ううん、僕は大丈夫。それよりユメさんが無事で何よりだよ」


 僕がそう言うと、ユメさんはぽっと頬を赤く染めた。


「そ、そっか。……ありがと」


 耳のピアスをいじりながらそう言うユメさんは、どこかぎこちない口調で。


 ユメさんが焚き火の始末をしたところで、思い立ったように言い出した。


「それじゃあオーリンまで行きましょっ。ほら、スイートとマサラさんをこれ以上待たせるわけにいかないじゃん」

「そうだね」


 そうして僕たちは遠くで見えるオーリンまで急ぐことにしたんだ。


 異世界の太陽が昇りきる頃に、僕たちはようやく王都オーリンの入り口にたどり着く。


「はあ、はあ……」

「ふーっ、なんとか早めに着いたね」


 膝に手をついてゼエゼエ息を荒くする僕をよそに、ユメさんはけろっとした感じでまだ余裕そうだ。


 さすがユメさん、スタミナも半端じゃない。


 ギルド証を門番に見せて王都に入ると、早くも駆けつけてきたのはスイートちゃんだった。


「あ、スイートちゃん」


 僕が気づいたのもつかの間、スイートちゃんが胸に飛び込んできたんだ。


「ちょっと、スイートちゃん!?」

「タスク様遅い。心配した」


 そう文句を垂れながら頭を擦り寄せるスイートちゃん。


「……あたしの心配はしてないのね」

「当たり前。ユメは強いから」


 スイートちゃんのつっけんどんな物言いに、僕は異を唱える。


「それは違うよスイートちゃん。ユメさんだってピンチになるときだってあるんだよ。昨日の夜だって僕に……」

「ワーワー! タスク、それ以上は言わないで!!」


 顔を真っ赤にしながらユメさんがわめくものだから、僕はそれ以上言わなかった。


「とにかく、報酬を受け取りにギルドへ行く」

「そ、そうねスイート」


 それで僕たちは報酬を受け取りに王都のギルドへと足を運ぶことに。


 王都のギルドもまた市役所とかハローワーク然とした施設で、ツーガルとは比べ物にならない人の数だった。


 早速絹のように白い髪をした受付嬢に担当してもらう。


「当ギルドへいらっしゃいませ。わたくしはシルクと申します。本日はどのようなご用件で?」

「依頼の達成をお願いしに来たの。これでどう?」


 ユメさんがさっきスイートちゃんから受け取った依頼達成の証明書を提出すると、シルクさんはにこりと笑みを浮かべた。


「はい、確かに依頼達成ですね。こちら、報酬になります」


 そうして僕たちが受け取ったのは、銀貨十五枚が入った布袋。


「お、重い……!」


 これがお金の重み……!


 報酬を受け取った僕たちは、ひとまず手頃な宿屋を取ることにした。


「ふーっ、疲れた~」


 宿の部屋に入るなり、僕はステテコ姿になってから簡素なベッドで横になる。


「それにしてもいろんなことがあったな~」


 ただの護衛かと思ったら山の巨大サソリと戦うことになったし、ユメさんのあんな一面まで……。


「……あれ、何だろうこの感じ?」


 ユメさんの顔を思い出すだけで胸がドキドキしてきたよ。


 確かにユメさんにはいつもお世話になってるけど、だからって僕は……。


 そんなことを頭の中でグルグル考えるうち、僕は昼寝に入っていく。


 しばらく仮眠を取っていたら、扉をノックする音で僕は目を覚ました。


「どうぞ」


 僕がそう伝えると入ってきたのはユメさんなんだけど。


「……どうしたの? その格好……」


 モジモジするユメさんが着ていたのは、黒くてセクシーなランジェリーだけだった。


「あのね、タスク。これは……あーもう!」


 そうかと思えばユメさんが仰向けになっていた僕の下腹部に跨がるように飛び乗る。


「ちょっと、ユメさん!?」


 待って、この体勢はほのかに危険アダルトな香りを感じるぞう……!


「ねえタスク、あたしと……しよ?」

「――へ?」


 頬を赤らめながら言ったユメさんに、僕は間の抜けた声を出してしまった。

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