第20話 巨大なサソリの化け物
ユメさんと別れた僕たちはその後も山道を進み続けて、夕暮れの頃には山を越えることができた。
「思ったより時間がかかってしまいましたね。このままオーリンまで行ってしまいましょう」
「オーリンまでは泊まれそうな村はない、間に合わなければ野宿」
スイートちゃんの言うとおり、山を越えた先はまだオーリンからは距離があって人の居住区まではまだ遠い。
「もう限界だぞう……」
「疲れたパオ~」
適当な場所で移動を止めると、今まで頑張って歩いてきたサクラとタンゴが豆粒に戻ってしまう。
「あたっ!?」
「わっ」
急に象さんとしての足場が消えたものだから、僕とスイートちゃんは地面に尻を打ち付けてしまった。
「痛たた……。今までお疲れさま、二頭とも」
豆粒に戻ったサクラとタンゴを鼻の穴にしまう僕をよそに、スイートちゃんはマサラさんの馬車に乗り込んでいる。
「ユメさん……」
僕たちを先に行かせて単身で山奥に入っていったユメさん、今頃無事でいるといいけど……。
そんな思いを胸に山の方を見通しているうち、僕はやっぱりいてもたってもいられなくなった。
「ごめんなさいマサラさん! 僕、やっぱりユメさんを助けに行ってきます!」
「タスクさん!? ……行ってしまいました」
引き留めようとするマサラさんを無視して、僕は改めて山へと駆け出す。
待っててユメさん、どうか無事でいて……!
*
「これは思った以上に深い藪ね……」
タスクたちと別れたあたし、ユメは藪を短刀でかき分けながら山の奥へと進んでいた。
あたしの直感が告げているの、この異変はただ事じゃないって。
しばらく進んでいると、山を駆け降りるようにゴブリンたちが通りすぎていく。
身を隠してたあたしはゴブリンたちと接触することはなかったけど、これは山の頂上が怪しいかも。
「それじゃあいきますかっ」
腰に両手を添えて背筋を伸ばしたあたしは、山の頂上へと進路を帰ることにした。
山を登る間逃げるように山を下るゴブリンや弱い動物と何度もすれ違い、あたしの予感は確信へと変わっていく。
そして山の頂上を目前に広がる森の中で、あたしは信じられない光景を目の当たりにした。
「こ、これは……!」
そこにはゴブリンの上位種ホブゴブリンの亡骸が無数に転がっていたの。
上位種のホブゴブリンがこんなにたくさん死んでるなんて、異常だ。
短刀を抜いて警戒の糸を張ると、木々の向こうからぐちゅぐちゅと気色の悪い音が耳に届く。
「あの向こうに何かいる……!」
なるべく息を潜めて音のする方へ向かうと、そこで死んだホブゴブリンを貪る巨大なサソリを目撃した。
「あれは、キングスコーピオン……!」
キングスコーピオン。それはとてつもなく大きなサソリの魔物で、盾のように頑丈なハサミと猛毒を秘めた尻尾が驚異となる。
「あんなのあたし独りじゃどうにもならない、タスクとスイートを呼ばないと――」
あたしが後ずさろうとしたその時、うっかりかかとで踏み抜いてしまった小枝にキングスコーピオンの黒光りする巨体が反応した。
「ギチョッ?」
「しまった!」
あたしの方を向いてにらみつけるキングスコーピオン。
奴には完全に気づかれている、ここは腹をくくるしかない……!
「ブースト!」
無属性魔法で底上げした脚力で地面を蹴ったあたしは、キングスコーピオンの目前にまで一瞬で迫る。
「ギギチョ!」
だけどあたしの短刀は奴の巨大なハサミに受け止められてしまった。
このハサミ、盾のような見た目に違わず固い……!
「それならっ!」
ひとっ飛びでキングスコーピオンのサイドにあたしは回ろうとした、だけど奴は瞬時に反応してこっちに向き直る。
「早い!」
「ギチョギチョ!」
すぐさまキングスコーピオンが振るってくる巨大なハサミを、あたしは後ろに飛び退いてかわした。
その途端、さっきまであたしの立っていた地点が深々と抉られる。
「ギチョギチョオオオオオ!!」
ハサミをカチカチと鳴らして猛るキングスコーピオンに、あたしは今まで感じたことのない恐怖を感じていた。
何あれ、あんな化け物どう倒せって言うのさ?
でも引くに引けない、……あんまりやりたくないけど奥の手を使うしかない!!
「炎よたぎれ、烈火の如く、オーバーブラスト!!」
そう叫んだあたしの身体が赤く光り、全身にとてつもない力が満ち溢れるのを感じる。
「……これ、使った後がめちゃくちゃダルいんだよね~!」
軽口で鼓舞したあたしは、とてつもない力のままにキングスコーピオンに突っ込んだ。
「これでも、食らええええええええええ!!」
渾身の力で振り下ろした短刀が、キングスコーピオンのハサミに深々と突き刺さる。
「よしっ!」
手応えを感じたのもつかの間だった、突然あたしの背中に鋭い痛みが迸った。
「あ……っ!」
恐る恐る頭上を見ると、毒針になったキングスコーピオンの尻尾があたしの背中に突き刺さっていたの。
その途端にたちまち抜けていく、あたしの力。
「そん、な……!」
「ギチョギチョオ」
オーバーブラストが切れた反動と猛毒のダブルパンチで身動きもままならないあたしを、キングスコーピオンが無造作に巨大なハサミで掴む。
「あああ……っ!!」
奴の強靭なハサミに挟まれて、あたしの右腕とあばらの骨が瞬時にへし折られるのを感じた。
口の中が血の味でいっぱい、もしかしたら内蔵も少しやられてるかも。
ああ、最悪。あたしが慢心で山奥に分け入ってこんな奴と対峙してしまったばっかりに。
キングスコーピオンの口元で小さなハサミがうごめき、品定めするように毒針の尻尾であたしの身体をなぞっていく。
「父さん、母さん、リリ……、モモ……ごめん、ね……」
毒で薄れゆく意識の中で家族の名前を呟き、あたしは自分の最期を悟った。
「スイート……タスク……さよう、なら……」
頬から伝う涙と共に、首筋に毒針が迫るとき、あたしは最後に意識を手放そうとする。
「――うおおおおおおおおおおおお!!」
その時だった、聞き覚えのある怒号と共にキングスコーピオンが吹っ飛ばされた。
「タス、ク……!?」
一緒に吹っ飛ばされて宙を舞うあたしの目に写ったのは、長い鼻で息を荒げて駆けつけたタスクの姿だったの。
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