第19話 単独専行
*
「タスクさん……」
村でお留守番のリリは、部屋で窓を眺めてはあの人の名前を口にしていました。
二日前に来たお姉ちゃんの手紙によると、あと四日くらいは帰って来れないということですが、それを思うとリリは心配でなりません。
強くて経験豊富なお姉ちゃんがいれば、タスクさんも大丈夫だと思うんですけど……。
「はぁ……っ」
またです、最近タスクさんのことを考えるとため息が止まりません。
リリはどうしてしまったんでしょうか……?
「リリねーちゃん、あーそーぼっ!」
そこへリリの部屋に入ってきたのは、妹のモモです。
「ごめんなさいモモ、リリはそんな気分じゃないんです」
「えーっ。ユメねーちゃんもタスクにーちゃんもいなくて、モモはたいくつだよ~!」
駄々をこねるモモに、リリは根負けしました。
「分かりました。それではお外行きましょうか」
「やったー!」
ピョコピョコ跳ねて頭の横で一つに結んだ髪を揺らすモモに、リリはなんだか心がモヤモヤしてしまいます。
モモを連れてお外に出たリリですが、モモにこんなことを訊かれました。
「リリねーちゃん、どうしたの? なんかボーッとしてる?」
「あっ、いいえ! リリはいつも通りですよ」
はう~っ、モモにも見透かされちゃうなんて!
森で危ない目に遭ったあの時に助けてくれた、あの大きな背中。
長いお鼻と大きなお耳は見たこともない顔立ちでしたが、同時に優しい目をしているなと思いました。
それを思い出すと胸がキュンと締め付けられて、リリはいったいどうしちゃったんでしょう?
「それじゃあモモはタスクさんのことどう思いますか?」
「ん? えーとね、おもしろいおにーちゃん!」
天真爛漫な妹に、リリはクスリと噴き出してしまいました。
なんだかリリだけ気に病んでるのがバカみたいですね。
「タスクさん、リリはあなたを信じてます。だから無事に帰ってきてください」
「どうしたの、リリねーちゃん?」
「なんでもないです」
リリはタスクさんを信じて帰りを待つことにしました。
*
「はくしゅんっ」
山道を進んでたら急にくしゃみが出てしまった。
「すごいくしゃみね。風邪でも引いた?」
「そういうわけじゃないと思うけど……」
気遣ってくれるユメさんに対し、僕は長い鼻をすすってそう伝える。
もしかして誰かが僕の噂話をしてたのかなー?
「リリちゃん、大丈夫かな……?」
ふと呟いた僕に、ユメさんはあっけらかんと応える。
「リリなら大丈夫でしょ。こういう遠征で留守番させるのも初めてじゃないし、リリはいい子だから」
「だといいんだけど……」
家を出発する前に見せたリリちゃんは、どこか寂しそうな目をしていたような。
「……何か来る」
そうかと思えば三角形の大きな耳をピクピク動かすスイートちゃんが、何かの接近を知らせる。
この匂い、さっきも嗅いだ気がする!
「クキャキャキャ!」
「クキャフーーーッ!」
ものすごい勢いで山を下るように現れたのは、案の定ゴブリンの大群だった。
「ゴブリンだ!」
「でもおかしくない? 今まで全然出てこなかったのに!」
「とにかく迎え撃つ、それだけ」
スイートちゃんの声掛けで、僕たちはゴブリンたちを迎え撃つことに。
「タンゴ、また突撃お願い!」
「了解パオ!」
背中に乗る僕の指示で、タンゴがゴブリンの大群に突っ込んでいく。
「ぱおーーーーん!!」
「クギャギャ!?」
「クギャバッ!?」
体重を乗せた突進と縦横無尽に振るわれる長い鼻で、ゴブリンたちをまとめて吹っ飛ばした。
「はなショット!」
タンゴの背中から僕も、鼻から石礫の弾丸を矢継ぎ早に浴びせてゴブリンたちを撃ち抜いていく。
「ブースト!」
隣を見ればサクラから飛び降りたユメさんも両手の短刀を振るい、ゴブリンたちの攻撃をかわしながら斬り伏せていた。
「土よ放て、
スイートちゃんもサクラの背中に乗ったまま、土くれの弾丸を乱射してゴブリンたちに浴びせる。
そうしてゴブリンの大群はあっという間に退治された。
「ふーっ、ゴブリンならこの程度」
額を拭って一息つくスイートちゃんに、ユメさんがゴブリンの亡骸を差してこんなことを。
「だけどこのゴブリンたち、かなり痩せてるし傷だらけだね。きっと何かに追われてたんだよ」
「なるほど、それでなりふり構わず僕たちに迫ってきたんだね」
さすがはユメさん、魔物とかにも詳しいんだね。
そうかと思ったらユメさんが腕を振り上げてこんなことを言い出した。
「どうせならこの山に潜んでるってヤバいのをあたしたちで倒しちゃおうよ!」
「ええっ!? そんな寄り道は困ります!」
抗議したのは行商人のマサラさん。
「そりゃそうだよユメさん、だって僕たちの仕事はマサラさんの護衛だよ。そんな危険に飛び込むような寄り道なんてしてどうするの!?」
僕も反対したけど、ユメさんは続いてこう言う。
「安心して、山の奥にはあたし独りで行くから。あんたたちは先に行っててよ」
「そんなの無茶だよ! 僕も行く!」
「ありがとうタスク、でも依頼の本命は護衛でしょ? タスクはスイートと一緒に護衛を続けてほしいの」
それじゃあ、と言い残したユメさんは、あっという間に山の奥へと分け入ってしまった。
「行っちゃった、大丈夫かな……?」
「ああなるとユメを止めるのは無理。自分たちだけでも先に行こう」
「でも……」
ユメさんを置いていくことをためらう僕に対して、スイートちゃんはくりくりの黒目で見つめながら諭す。
「ユメならそう簡単に死んだりしない。今は彼女を信じよう」
「そうだね……」
釈然としないまま僕は引き続きマサラさんの護衛に専念することにしたんだ。
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