第16話 ユメさんの胸のうち

 僕たちは王都オーリンのある西に向かって、森の道を進んでいた。


 だけど進む道には何も出てこなくて、至って安全なんである。


「あれ、護衛が欲しいって話だったけどこんなに安全な仕事なんだっけ?」

「そうでもないよ。ほら、ゴブリンとか狼の気配だけは感じるでしょ」


 ユメさんの言うとおり、象の耳を広げて長い鼻を掲げてみるとそれっぽい気配をいくつも感じた。


 この辺りにも危険な魔物とか猛獣もいることにはいるんだね。


「象様二頭のおかげで魔物たちは出てこられない」

「スイート様の言うことが真実であれば、これほど頼もしいことはございませんよ~」


 荷馬車を駆るマサラさんも心底安心しているように見えた。


 安全なことに越したことはないもんね。


「だけど、これじゃあ張り合いがないよね~。ちょっと退屈しちゃう」


 ……ユメさんは両腕でのびをして退屈そうにしているけど。


 そんなこんなで平和な道をしばらく進んでいると、突然脇道から柄の悪い男たちが何人も出てきた。


「命が惜しけりゃ荷物と金目のものを置いていけ!」


 そう猛りながら鉈を振りかざす粗末な身なりの男たちは、まさに絵に描いたような盗賊たちである。


「盗賊です! 皆さん、お願いしますよ!」

「オーケー、ちょうど退屈してたところなの」


 サクラから飛び降りたユメさんが歩み寄るなり、盗賊たちは揃いも揃って鼻の下を伸ばした。


「うひょー、女もいるじゃねーか!」

「しかもいい身体してやがる! ――あ」


 次の瞬間、色めき立った盗賊の一人の首がゴロンと地面に落ちる。


 ユメさんが目にも止まらぬ早業で、盗賊の首をはねたんだ。


「ひいいっ!?」

「そういう目で見られるのは初めてじゃないんだけどさ。ちょうどいいからあたしを楽しませてちょうだいよ」


 短刀を肩に添えて挑発するユメさんに、盗賊たちはいきり立つ。


「調子にのりやがってぇ! 殺せ、殺せぇ!!」


 一人の命令で一斉に突撃してくる盗賊たちを、ユメさんは涼しい顔でいなしていく。


 そして盗賊は一人だけを残して皆ユメさんに倒された。


「どーしたの? あんたたちの力ってこの程度~?」

「ひ、ひいいい~!!」


 どす黒い笑顔を向けるユメさんに恐れをなしたのか、盗賊の生き残りは一目散に逃げ出していく。


「あんなに強かったんだ、ユメさんって……」


 手をパシパシと払うユメさんを見て、僕はそう感じた。


 さすがは冒険者の先輩、僕も精進しないと。


 密かにそう心に決めてたら、ユメさんがけろっとした顔でこう告げた。


「さてと、邪魔はいなくなったから先進もっか」

「そうですね。お強い冒険者様に守られて、わたくしめも安心でございます」

「マサラさんがユメにドン引きしてる」

「はあっ!? そんな訳ないでしょ!」


 ジト目のスイートちゃんにそう言われて噛みつくユメさんだけど、すぐ二人で笑い合う。


 やっぱあの二人も仲良しだよね。


 そうして僕たちは改めて先へ進むことにした。


 少し進むと開けたところに大きな川が見えてくる。


「ここらで少し休憩にしましょう。皆様もお疲れでしょう?」

「ありがとうございますマサラさん」


 僕がお礼を言うと、ユメさんはまだ物足りなそうに後ろ手を組んだ。


「ま、あたしはまだまだ平気だけどさ」

「休めるときに休むのも大事」

「分かってるってスイート」


 それで僕たちはこの川辺で休憩することに。


「水だぞう! やっほー!!」


 川を見るなりサクラが勢いよく駆け込むと、辺り一面に盛大な水しぶきが飛び散る。


「うひゃあっ!?」

「きゃっ、冷たっ!」


 驚く僕とユメさんをよそに、サクラは大きな身体を川に浸した。


「あ~、気持ちいいぞう~」

「全くもう……お姉ちゃんがこんなですみませんパオ」

「そう言うタンゴだって、もう川に入ってるじゃん」


 ユメさんのツッコミ通り、タンゴもいつの間にか川に入っている。


「そういえばそうだったパオ。やっぱり水浴びは気持ちいいんだパオ」


 そう言いながら鼻で水をかけあう象さん姉弟に、僕は心和んだ。


 なんか微笑ましいな~。


 そんなことを感じつつ川原に座っていたら、ユメさんも隣に腰を下ろしてくる。


「あの二頭、本当に仲良しだよね」

「そうだねユメさん」

「あれ見てると昔を思い出しちゃうな~って」

「昔?」


 僕が象の顔をかしげると、ユメさんはしんみりと話し出した。


「モモが生まれる前なんだけどね、あたしもまだ子供だったわけよ」

「まあそうなるよね」


 ユメさんの子供時代ってどんなだったんだろう?


「あの時は妹のリリと毎日あんな感じで楽しく遊んでたな~。懐かしいよ」

「今は違うの?」

「あたしだって今は冒険者だからね、家族のために働かなくちゃだもの。……でもたまに思うんだ、もっと可愛い妹たちと一緒にいたいって」

「ユメさん……」


 そう語るユメさんの顔はしんみりとしたもので。


 かと思えばユメさんは自分の頬をパシパシ叩いて、すくっと立ち上がる。


「辛気臭い思い出話はおしまいっ。あたしも水浴びしてこよっかな~」


 そう言い出したユメさんがいきなり服を脱ごうとするものだから、僕は慌ててそっぽを向いた。


「サクラ~、タンゴ~! あたしも入れてよ~!」

「ユメさん! 一緒に遊ぶぞう!」

「わわわっパオ!」


 ……女の子の裸でも取り乱してるよタンゴってば。


 思わずユメさんの素肌を想像しちゃって、僕は悶々とした気分で過ごすことになってしまったんだ。

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