第5話 ワンダー一家との朝

 あの後お医者さんに見てもらったところ、リリちゃんたちのお母さんの病は完治していたという。


 もしかしてさっき僕が使ったスキルみたいなのが原因かなあ?


 それから僕はワンダー一家(リリちゃんたちの家名なんだって)にたいそう感謝されてしまう。


「妻の病を治してくれて、本当にありがとう。どうお返ししたらいいものか……」


 と恭しく言うのはリリちゃんたちのお父さんであるテリーさん。


 ちなみにお母さんの方はプーリーさんっていうこともその時知った。


「いえいえっ、僕なんて大したことは何も……」

「そんなことないって! だって誰も治せなかったお母さんの病を一瞬で治したのはあんただよ!」

「お姉ちゃんの言う通りです、タスクさん! タスクさんはお母さんの命の恩人です!」


 ユメさんとリリちゃんにもそう感謝されて、僕はますます背筋がむず痒くなってしまう。


 さっきのはただのまぐれなんだよね、多分……。


 ――あ、そうだ。


「あの、それじゃあ僕に何か服をください。こんな格好のままじゃどうにも肌寒くて……」

「それもそうだな。どれ、俺の服を試してみるか?」

「ありがとうございます!」


 テリーさんの服を一通り着させてもらった僕だけど、この体格のせいでどれもサイズが全然合わなくて。


「うーむ、困ったものだな」

「すみません……」

「気にすることはないさタスク君、明日町に行って服を見繕ってもらおう」

「ありがとうございます、テリーさん」


 こうして僕は明日からもワンダー一家の厄介になることになった。


 用意してもらった空き部屋で翌朝目を覚ました僕は、まず鏡で自分の顔を見てみる。


 頭にある二つのこぶと、思ったよりは小ぶりな耳の形。

 象は象でもアフリカゾウではなくインドゾウ寄りな顔であることが分かった。


 それにしてもこの太鼓腹、象の特徴とはいえちょっと不満だぞう。


 ……また駄洒落になっちゃった。


 今日もまたステテコ一丁で部屋を出ると、隣の部屋から出迎えてくれたのはユメさんである。


「あ、ユメさん。おはようございます」

「おはよっ、タスク。昨日はよく眠れた?」

「はい。おかげでぐっすり眠れたよ」


 細かいシワが刻まれた太い両腕でガッツポーズをした僕に、ユメさんはくすりと微笑む。


「なら良かった。あんたってホントに謙虚だよね。昨日は妹たちだけじゃなくてお母さんまで助けたってのに」

「そんなっ、とんでもない。力になれただけで僕は嬉しいよ」


 それは本心だった、今まで人との繋がりが乏しかった僕にとって誰かの力になれるというのがこんなにも嬉しいものだとは知らなかったんだ。


 すると僕の太鼓腹から重低音の腹の音が響く。


「あら、お腹が空いちゃったんだね。それじゃあリビングで待ってるね、タスクっ」


 そう言い残してユメさんはリビングへと向かっていった。


 僕も後に続こうかな。


 のっしのっしと太い脚で歩いていくと、リビングには一家全員が揃っている。


「あ、おはようございますタスクさん!」

「タスクにーちゃんおはよー!」

「おはよう、リリちゃんにモモちゃん」


 席に着いてるリリちゃんとモモちゃんの二人が出迎えてくれたので、僕も軽く手を振って挨拶した。


 一方キッチンにはテリーさんとプーリーさんがこんなやり取りを。


「こらこらプーリー、病み上がりなんだから休んでろって言ったのに」

「あら、心配いらないわあなた。身体ももう楽だもの、今まで休んでた分頑張らなくっちゃ」


 あー、なるほど。病み上がりのプーリーさんをテリーさんが気遣おうとしているんだね。


 それが空回りしている、と。


 そしてプーリーさんが食卓に運んできたのは、真っ黒のパンと野菜のサラダ、それと目玉焼きだった。


「タスクさん、昨日はありがとね。遠慮なく食べてちょうだい」

「え、いいんですか?」

「ええ! あなたは命の恩人だもの、これでも足りないくらいだわ」

「そうですか。じゃあいただきます」


 黒パンを手でちぎって口に放り込むと、麦の風味とコクが口一杯に広がるのを感じる。


「んんっ、このパン美味しいです!」

「それは良かった。今朝焼いたかいがあったわ」

「お母さんの焼くパンは天下一品だもんね」

「やだもーユメったら、それは言いすぎよ~」


 ユメさんのお世辞で一家がどっと笑いに包まれた。


「このサラダもみずみずしくて美味しいですし、目玉焼きも!」

「タスクさんに喜んでもらえて何よりだわ」


 顔は草食獣の象なんだけど、動物食品の目玉焼きも美味しく食べることができた。


 そしてみんなが揃って食べ終わったところで、僕たちはテリーさんとユメさんそれからリリちゃんの三人と一緒に町へ行く準備に取りかかる。


 それでまずやることは荷物のまとめと、足になる馬の準備……なんだけど。


 その馬がなぜか僕を乗せるのを拒むんだ。


「困りましたね……」

「うーん、困ったな~」


 腕を組んで頭を悩ませていたら、突然こんな声が届いてきた。


『ここは任せて!』


 ん、この声は何?


 すると僕の長い鼻が勝手に動いて、そこから豆粒みたいなのがポン!と出てきたかと思えばそれがぐんぐん大きくなって。


「こ、これは……!」


「ちょっ!?」


「ふええ~!?」


 そして豆粒だったものはピンク色をした本物の象さんになっていたんだ。

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