第4話 象さんのはなシャワー

 木の柵で囲まれた入り口から村に入ると、今度は高校生くらいの年頃に見える少女がこっちに駆けつけてきた。


 ちょっと薄めのピンク色をしたショートの髪と、薄手のボレロと黒いインナーとホットパンツが身軽そうな印象を受ける。


 ついでに身長もスラリと高くて、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでるモデル体型だ。


「リリ! モモ!」

「お姉ちゃん!」

「ユメねーちゃん!」


 リリちゃんとモモちゃんの姿を確認するなり、二人のお姉さんと思しき少女は二人を抱きしめる。


「二人ともどこ行ってたの!? 急にいなくなるから心配したじゃない!」

「ごめんなさい、お姉ちゃん」

「あのねモモたちね、もりでやくそーとってきたんだよ!」


 モモちゃんが薬草を見せると、少女は目を丸くした。


「これを二人で!? っていうか二人だけで森に行くなんて危ないでしょ!! 何かあったらどうするの!?」

「ごめんなさいお姉ちゃん」

「ご、ごめんなさい……」


 少女の叱責でリリちゃんとモモちゃんがうつむいて謝ると、続いて僕の方に少女の目が行く。


「ところで、そこのあんたは誰? まさかリリたちに何かしようってタチじゃ……」

「いや僕はそんなんじゃ……」

「違いますよお姉ちゃん! この人はタスクさんっていって、リリたちを助けてくれたんです!」

「え、そうなの!?」


 すっとんきょうな声を上げる少女の問いに、僕はうなづいた。


「ごめんなさい、あんたのこと見た目で勘違いしちゃったよ。妹たちを助けてくれてありがとね」

「いやいや、僕は当然のことをやっただけだよ」

「変な顔の割には謙虚なのね」

「お姉ちゃん、それは失礼ですよ」


 ジト目のリリちゃんにたしなめられて、少女は頭をさすって詫びる。


「それもそうね、ごめんなさい。あたしはユメ、この二人のお姉ちゃんってところかな。よろしくね」

「ユメさんですか、こちらこそよろしく」


 ユメさんと握手を結んだところで、家に行く前に村の薬屋を伺うことにしたそうだ。


「そういえば二人は薬草を探してたみたいだけどどうして?」

「あのねタスクにーちゃん、おかあさんがぐあいわるいの」


 さっきまで明るかったモモちゃんの顔を雲らせてしまい、僕は自分の迂闊さを恥じる。


「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ」

「気にすることないよタスク、本当のことなんだからさ」

「この薬草があればお母さんの病気も治るかもしれないと思って……」

「リリちゃんもモモちゃんも、お母さんを助けるために二人だけで森に入ったんだね。怖かったよね」


 僕がリリちゃんとモモちゃんを慰めると、二人はにへらと笑った。


「なんか照れ臭いです」

「ふっふーん、モモたちはえらいんだ!」


 そんなことを話してるうちに、僕たちは小さくて小綺麗な木造の家屋にたどり着く。


 うーん、看板に何か書いてあるけど読めないなあ。


 やっぱ本物の異世界なんだここ、ゲームであれば少なくとも文字が読めるような仕様になってるはずだからね。


「おばちゃーん、お邪魔しまーす」


 ユメさんが中に入ると、魔女みたいなとんがり帽子を被ったお婆さんが待っていた。


「おやいらっしゃい」


 優しそうな笑みを見せるお婆さんに、リリちゃんが薬草を差し出す。


「あの、これでお母さんの病気を治すお薬作れないでしょうか?」

「おや、その薬草は……」

「モモがみつけたんだよ!」

「おやまあ、偉いねえ。これがあれば新しいお薬を作れるよ」

「「ホント(ですか)!?」」


 お婆さんの嬉しい言葉で、リリちゃんとモモちゃんの顔がパーっと明るくなった。


「ちょっと待ってておくれ」


 そういうとお婆さんは乳鉢を取り出し、薬草をすり潰し始める。


 本格的だなー、なんて思っていたらお婆さんが僕に顔を向けた。


「そういえばあんた、見ない顔だねえ」

「僕はタスク、訳あってユメさんたちのお宅にお世話になることになったんです」

「タスクさんがリリたちを助けてくれたんですよ!」

「まあ~。それを聞いたらそのお顔が頼もしく見えてきたねえ。――ほら、できたよ」


 そうこうしているうちに緑色のお薬が入った小瓶が、ユメさんに渡されていた。


「ありがと、おばさん」

「いいんだよ~。お大事にね」


 お薬を作ってもらったところで僕たちがまた歩くと、すぐに小さな掘っ立て小屋の前にたどり着く。


「ここがユメさんたちのおうちだね」

「そうだよ。粗末な家だけど……よかったら上がって」

「それじゃあお言葉に甘えて」


 家の中はおとぎ話に出てくるような雰囲気で、素朴ながらもほんわかとした空気に満ちていた。


 それから少し進んだところの部屋にいたのは、ベッドで横になっている顔色の悪い女の人である。


 どうやらあの人がリリちゃんたちのお母さんなのかな。


「ただいま~! お母さん、新しいお薬持ってきましたよ!」

「ありがとう、リリ……ゴホゴホっ」


 痩せた身体で身体を起こしたリリちゃんたちのお母さんが、苦しそうに咳き込む。


「無理しないでよ母さん」

「ユメもごめんね……。母さんがこんなであんたも仕事に行けないでしょうに……」

「そんなことはいいのよ。それよりも母さんはこれを飲んで休んでて」

「ユメもありがとう……ゴホゴホっ」


 咳き込みながらもその場にいた僕のことを聞かれたので、リリちゃんがまた紹介してくれた。


「タスクさんっていうのね……。リリを助けていただき、感謝するわ」

「いえいえ! 僕なんて大したことは……」


 それにしても本当に苦しそう。

 なんとかしてあげられないのかな……?


 そんなことを考えていたら、ふと頭の中でこんなフレーズが思い浮かぶ。


【はなシャワー】


 ん、何これ? 僕の鼻がなんだって?


 不思議に思っていたら、急に僕の長い象の鼻がムズムズし始めた。


「はっ、はっ、はっくしょん!」


 そのくすぐったさに思わず僕の鼻から透明な液体が噴射して、寝込んでいるリリちゃんたちのお母さんにかけてしまう。


「まあっ」

「へ?」

「ふえっ?」

「んな?」


 突然のことに目を丸くするみんなに、僕は慌てて謝った。


「あっ、ごめんなさい!!」


 象の頭を下げると、リリちゃんたちのお母さんがこんなことを。


「あら、なんだか身体が楽になってるわ……?」

「はい?」

「見て、母さんの顔色が良くなってる!」


 ユメさんの言うとおり、ついさっきまで青白かった彼女のお母さんの顔色がいつの間にか生気が満ち溢れたものになっている。


「もしかして、タスクさんが治してくれたんですか……!?」

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