第3話 香りに導かれて
すがってくるリリちゃんに、僕は自信満々で胸を叩く。
「うん、任せて!」
まずは長い象の鼻を空に掲げてっと。
くんかくんか、左方向から微かに匂いがする。
「リリちゃん、妹ちゃんを見つけたかもしれない」
「本当ですか!?」
「うん、行こうか」
「はい!」
それから僕はリリちゃんを連れて、目当ての匂いのする方へ歩き始めた。
しばらく森を歩くうち、地面の方からも匂いが感じ取れるようになる。
「これは近いぞう」
って、語尾が無意識のうちにだじゃれになってるし!
それはともかく地面に残された匂いをたどるうち、僕たちは森がポッカリ空いた空から光が差し込む場所で小さい女の子を見つけた。
「モモ!」
駆けつけて飛び付いたリリちゃんに、モモと呼ばれた女の子はキョトンとした顔をしている。
「どしたの、リリねーちゃん?」
「どうしたの、じゃないです! 急にいなくなるから心配したんですよ!?」
そう叱咤するリリちゃんの目には涙が浮かんでいて、モモちゃんもそれを察したのかすぐに謝った。
「ごめんね、リリねーちゃん」
「ううん、モモが無事で良かったです~!」
ああ、なんて美しい姉妹の再会なんだ。
リリちゃんもそうだけど、モモちゃんも結構可愛い。
年は5歳ほどだろうか、全体的にあどけなくて幼い体つき。
リリちゃんと同じピンク色の髪は頭の横で一つに結んでいて、前髪あたりには目立つアホ毛みたいなのがある。
マゼンタ色のチュニックと白いかぼちゃパンツに白黒縞模様のニーソックスがなんともポップで、モモちゃんにとても似合っていた。
「ところでさぁ、そっちのへんなおじさんだーれ?」
「ぐさっ!?」
こっちを指差したモモちゃんの言葉が、僕の胸に深々と突き刺さる。
おじさんって、僕はまだ新卒の社会人なんだけど!
痛む胸にモヤモヤを抱えていたら、代わりにリリちゃんが紹介してくれた。
「こちらはタスクさん、モモを探してくれたのもこの人なんですよ」
「そうなんだ!」
「それとねモモちゃん、僕はまだ22歳だからね?」
「そっかぁ。でもやっぱりへんなかお~!」
「ぐさぐさぁ!」
ううっ、純粋な小さい子供の言葉ってなんでこんなに鋭利なんだろう。
「こらモモ! そんなこと言ったらタスクさんに失礼でしょ!」
「え~!」
リリちゃんにたしなめられて口を尖らせるモモちゃん。
モモちゃんって結構やんちゃな女の子なんだね。
「あ、そうだ! モモね、やくそーみつけたんだよ!」
「え、それ本当!?」
「うん、ほら!」
驚くリリちゃんにモモちゃんが見せたのは、何の変哲もない草。
「これどこで見つけたの!?」
「えへへ~、あそこにあった~」
得意気にアホ毛を揺らすモモちゃんが指差したのは、この地点にある日向だった。
「こんなところに薬草が生えてるなんて……」
「えへっ、モモえらいでしょ~!」
「でもっ、独りで森の中にいちゃダメなんだからねっ」
「はーい」
リリちゃんにまたたしなめられるモモちゃん、この光景が僕には微笑ましく見える。
「それとモモ、これ落としてたよ」
「あーっ、モモのヘアピン! ありがとうリリねーちゃん!」
嬉々としてヘアピンを受け取ったモモちゃんは、早速それを髪につけた。
「えへへ、なくしたとおもってたからよかったよ~」
そうやって嬉しそうにくるくる回るモモちゃんが、僕にはたまらなく愛くるしく見える。
「それじゃあ帰りましょ」
「うん!」
手を繋いで踵を返す二人の姉妹を、僕はただ見送ろうとした。
……これからどうしよう。僕はどう過ごせばいいんだろう?
人としてか、はたまた動物としてか。
独り思い悩んでいたら、モモちゃんが急に振り向く。
「タスクにーちゃん、おうちにかえるの?」
「え、うーん……実は僕、帰る場所が分からないんだ」
太い指をトボトボと突き合わせる僕に、続いて言葉をかけたのはリリちゃんだった。
「それじゃあうちへ来ませんか?」
「え、いいのかい?」
「タスクさんはリリたちの恩人ですもの、これくらいはさせてください」
「ありがとうリリちゃん、それじゃあお言葉に甘えようかな」
こうして僕はリリちゃんたちの家へお邪魔することにしたんだ。
リリちゃんたちと森を歩いていると、いたるところから小鳥のさえずりが聞こえてきて心が和む。
さっきの熊みたいな怖い動物がいるにしても、ここはいい森だ。
そしてモモちゃんは僕の長いお鼻にぶら下がって、わんぱくに遊んでいる。
「それ、高い高~い!」
「きゃははっ、たのしい~!」
えへへ、喜んでもらえて嬉しいぞう。
あ、また語尾がだじゃれになっちゃった。
「タスクさんはどこから来たんですか?」
おっと、リリちゃんがさりげなく核心的なことを聞いてきたぞ。
ここはなんて答えればいいんだろう……?
「あの……、日本って国分かる?」
「にほん、ですか。聞いたことないです……」
あの日本を知らない、やっぱりここは僕の今までいた世界とは違うんだ。
「じゃあ逆に僕からも訊くけど、ここはなんて名前の国?」
「アップル王国ですね。もしかして知らないんですか……?」
「知らない、少なくとも僕の知る世界で実在するなんて聞いたこともないよ」
「そう、ですか……」
アップル王国、か。さっきやろうとしてたゲームの舞台だった気がするけど。
だけどこのリアルな感触はゲームと思えない、やっぱりここは純然たる異世界なんだろう。
「異世界、か……」
薄々気づいてはいたけど、本当に異世界に来てしまったんだな……。
なんか実感が湧かないし、かといって知らない国で象の顔になってしまったことから目をそらすわけにもいかない。
何よりここには親はもちろん知ってる人が誰独りいない……。
「……タスクさん? どこか具合でも悪いんですか?」
「あ、ううん。なんでもないよリリちゃん。心配してくれてありがとっ」
「いえいえ、こちらこそ気にしなくても大丈夫です」
ああ、やっぱりリリちゃんは優しい娘だなあ。
その朗らかな笑顔を見てたら心も晴れる。
しばらく歩くと僕たちは森を出て、のどかな村の前まで来ていた。
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