第2話 象さんワンダー

 女の子が熊に襲われようとしている、助けないと!


 そう思った僕だけど、脚が震えて前に踏み出せない。


 そもそも僕なんかが熊からあの娘を助けられるのか?


 勇者か戦士なら熊なんて簡単に倒せるだろうけど、それはゲームか小説の中での話。


 さっきまでのリアルな満腹感も併せて考察するに、もしここがゲームじゃなくて現実なのだとしたら……。


 そう思うと僕は熊の前に出るのがたまらなく怖い。


「いや……来ないでください……!」


 僕が躊躇ってる間にも、黒く巨大な熊がジリジリと女の子に接近している。


 このままじゃあの娘が危ない、でも……!


「誰か助けてくださ~い!!」


 彼女の悲痛な助けを呼ぶ声で、僕は気がつくと熊の前に躍り出ていた。


「ふえっ!?」


「グオッ!?」


 やっぱりこの女の子を放っておくなんて、僕にはできない!


「うおおっ! うおお!」


 ネットやテレビでかじった熊の撃退法、それは身体を大きく見せながら怒号をあげて熊をビビらせること。


 大きな耳をこれでもかと広げて、僕は必死で熊を威嚇する。


 頼む、これでなんとかなってくれ!


 ……だけど現実は非情だった、目の前の巨大な熊は逃げるどころかさらに逆上して立ち上がったんだ。


「グルルオオ!!」


 ひっ、何この熊デカすぎ。僕の背丈の倍以上あるんだけど。


 逆に僕が怯んだ瞬間、熊の豪腕が顔面に振り下ろされた。


「イヤぁーーーーーーーーーーっ!!」


 ああ、女の子の悲痛な声が耳に届く。



 だけど不思議なことに、熊の一撃はあんまり痛くなかった。


 なんていうか、猫に引っかかれた程度?


「グルロッ!?」


 見てみると熊の方がビックリしてる感じ。


 そうだ、熊よりも象の方が強いんだ!!


「うおおおおおお!!」


 渾身の力で僕がタックルを食らわせた途端、熊の巨体が木々をなぎ倒すように吹っ飛ばされる。


「グッ、グルルオオ~!!」


 恐れをなしたのか巨大な熊はそのまま逃げていった。


「あっひゃー、僕強っよ」


 何これ、象ってこんなに強いの!?


 ペタンと尻餅をついて唖然とする僕に恐る恐る歩み寄ってきたのは、今助けた女の子。


「あの……、リリを助けてくださったのですか?」


 彼女の口から出てきたのは日本語じゃない、だけどなぜか脳内で翻訳されるかのようにしっかりと理解できる。


 それにしても可愛い女の子だ。

 年は10歳くらいだろうか。

 大きめの黄色いリボンで二つに結んだ腰まで届く長いピンク色の髪と、とろんとしたすみれ色のきれいな瞳。


 まるでゲームのキャラクターみたいな色合いだけど、質感がこれ以上なくリアルだ。


 白いパフスリーブのブラウスにピンク色のジャンパースカートが、清純で無垢な可愛さを引き立てている。


 控えめに言って彼女は美少女だった。


「リリの顔に何かついてますか……?」

「あ、ううん。あんまり君が可愛いものだからつい……」

「へっ!?」


 あ、しまった。僕の失言で女の子が顔を真っ赤にしちゃったよ。


「ごめんっ! いきなりこんなこと言われたら気持ち悪いよね……」

「いえ、普通に嬉しいというかなんというか……。それよりも、お名前は何て言うのですか?」


 おや、ドン引きしてるわけじゃないのか。

 というか嬉しいって本人も言ってるし。

 案外素直なのかも、この娘。


「僕の名前はたすくだよ。君は?」

「リリ、です。タスクさん、先ほどはリリを助けていただき本当にありがとうございますっ。」


 おどおどと頭を下げるリリちゃんに、こっちまでおろおろとしてしまう。


「ううん、気にすることないよ。だから頭を上げてよリリちゃん」

「は、はい……」


 ふー、これでお互いの緊張がほぐれればいいけど。


「それよりもタスクさん、変わったお顔なんですね」

「あ、うん。やっぱりそう思う……?」


 そうだ、象の顔はリリちゃんから見ても異質なんだ。


「……でもリリを助けてくださったのですから、きっとあなたは優しいお方だと思います」


 そう告げたリリちゃんの優しい笑顔に、僕の心は晴れるようだった。


 女の子にこんな温かいこと言われるの、初めてかも……。


 というかこうしてまともに女の子と話すこと自体が数えるくらいしかなかったっけ。


「ところでリリちゃん、君はどうしてこんなところに?」

「実はその、妹と薬草探しをしてて……はっ! どうしよう、モモがいない!!」

「なんだって!?」


 小さいリリちゃんの妹がこの森で迷子になっている。


 ってことはさっきの熊みたいな怖ーい動物か何かと鉢合わせしてたら……!


「それはマズいよリリちゃん! すぐに探さなくちゃ!」

「はい! でもどこにいるんでしょうか……?」

「ううーむ……」


 そうだよ、これから妹ちゃんを探そうにも僕はその顔を知らない。


 どうしたものか……いや、待てよ。


 犬を遥かに凌駕するっていわれてる象の嗅覚が、僕にも備わってるのだとしたら。


「ねえリリちゃん、妹ちゃんが身に付けてたものとかって今持ってない?」

「えーと……これならどうでしょうか?」


 リリちゃんが黄色いポシェットから取り出したのは、木の葉のようなヘアピン?


「ちょっと失礼」

「ふえっ、タスクさんのお鼻が動いた~!?」


 あ、やっぱ驚くよね。


 くんかくんか、なるほど。二つの匂いが感じ取れる。


 一つはリリちゃんからも漂う匂いで、もう一つがそれとはちょっとだけ違うほんの微かな匂い。


「ありがとうリリちゃん。これで妹ちゃんを探せるかもしれない」

「本当ですか!?」

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