後宮 1話
「ありがとうございましたー!」
女性は軽やかな声でそう言うと、頭を上げる。
結局、
「あの、本当にいただく理由がありませんが……」
「これから『協力者』としてよろしくお願いします、という意味も込めているので、そんなに恐縮しなくても良いのですよ」
協力者、と朱亞は口の中でつぶやいた。確かにこれから後宮でいろいろと動くことになるのは朱亞と
思考が三巡したところで、後宮についた。
「――ここが、後宮なのですか?」
思わずぽかんと口を開けた。こんなに豪華な建物、見たことがない。全体が赤く塗られた壁に、金色でなにかが描かれている。桃、のように見える。
「……なぜ、桃?」
「桃は縁起が良いとされているからな」
朱亞のつぶやきを拾ったのは、
「どうしたの、これ」
「
「まぁ、そうだったの?」
桜綾はちらりと梓豪を見る。彼は少し複雑そうな表情を浮かべてから、顔をふたりに向けて口を開く。
「民たちの反応はいかがでしたか?」
「上々、といったところか。すれ違う民たちは彼女の美貌に恍惚の表情を浮かべていた。民の心は掴んだようだ」
「さすが桜綾さん」
朱亞は目をきらきらと輝かせた。桜綾の美貌なら、老若男女問わずに魅了されるだろう。
「――さて、後宮に入ると滅多に外出することは叶わぬが、心の準備はできたか?」
飛龍に問われ、朱亞と桜綾は視線を交えてから真剣な表情で彼を見て、同時に首を縦に動かした。
「――その覚悟、確かに受け取った。梓豪、お前は後宮に入れぬから、余が花嫁を連れて帰ってきたを宮中に知らせよ」
「かしこまりました」
梓豪は
「またあとで」
――と。朱亞はこくりとうなずき、桜綾は真剣なまなざしを彼に注いだ。これからのことを考えると、なにが待っているのかもわからないため不安もよぎる。
だが、後宮に入ると決めたのは、自分たちだ。
なにが待っていても、乗り越えてみせる。
決意を胸に秘め、彼女たちは門を見上げた。
飛龍を先頭に、後宮の中に入る。
後宮の門を守る門番は、飛龍の存在に気付くと頭を下げ、彼を歓迎した。
「ご苦労。余の花嫁とその侍女だ。顔を覚えておくように」
「はっ、かしこまりました!」
門番はふたりいて、どちらも鍛え上げられた肉体の持ち主だった。桜綾はにこりと微笑みを浮かべながら、後宮に足を踏み入れた。それに続くように、朱亞も。
――これでもう、滅多に外出することができないのか、と思うとなんだか不思議な感じがした。
飛龍の案内でたどりついた部屋は、とても広くて――がらんとした部屋だった。必要最低限のものはあるが、本当にそれだけ。
「自由に使ってくれ。調度品は仕入れ次第すぐに宦官に運ばせよう」
「ありがとう存じます、皇帝陛下」
「それと、そなたの部屋はこの隣だ。ここよりは狭いが、我慢するように」
「私にも部屋があるのですか?」
朱亞は目を大きく見開いた。てっきり自分は桜綾と同じ部屋になると思っていたから。
「ある。そもそも、ひとりになれる部屋がなければ、着替えに不便だろう」
――そこで朱亞は思い出した。自分は宦官のふりもしなくてはいけないのだ、と。
「余が信頼する宦官を派遣する。その者からいろいろ受け取れ」
飛龍はそう言葉を残すと去っていった。
部屋に残されたのは桜綾と朱亞だけだ。ふたりは顔を見合わせて、ゆっくりと深呼吸をする。
「ここから始まるのね」
「そのようですね」
部屋が広く感じるのは、大きな家具が寝台と棚しかないからだろうか。辺りを見渡している朱亞に、桜綾が声をかけた。
「朱亞、わたくしがお願いしたこと、覚えている?」
「後宮では『
「ええ。あなたはわたくしの侍女。それを忘れてはいけないわ」
「私は私なりに、胡貴妃を支えます」
そっと胸元に手を置いて微笑むと、桜綾はどこかほっとしたように表情を緩ませた。
「お疲れではありませんか? 休むのなら、私、部屋で待機しますよ」
「……そう、ね。いえ、まだ一緒にいましょう。後宮を見て回らないと」
桜綾はちらりと扉の外に視線を移した。朱亞はうなずき、彼女とともに後宮を探索するために歩きだす。
「思ったよりも、人が少ないですね」
「宮女たちも、前皇帝陛下が亡くなったときに入れ替えたみたいよ。朱亞と別行動をしているときに、陛下が教えてくださったの」
「なるほど。……だからこんなになっているのですね」
歩いていていると、掃除が行き届いていないことがよくわかる。埃はたまっているし、花壇は枯れている。きっと丁寧に手を加えれば、綺麗な場所なのだろう。
「掃除が大変そうね」
「でも、逆に燃えるかもしれません。心が」
現に朱亞はそわそわとしている。早く掃除がしたいと顔に書いてあり、桜綾はくすくすと口元を手で隠して微笑む。
「朱亞は掃除、得意なの?」
「人並みだと思います。おじいちゃんに掃除の仕方も終わっているので!」
ぐっと拳を握りしめる朱亞に、「それは心強いわね」と桜綾は優しく声をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます