帝都にて 5話
「この方は宝石を見たことが、あまりないそうなので……」
「なぁんだ。でも、若い子が宝石に興味を持ってくれて嬉しいわ。どんな宝石を見てみたい?」
頬に手を添えて肩をすくめてから、女性は
「それじゃあ、まずは皇族の象徴である赤い宝石から見てみましょうか?」
「皇族の象徴、ですか?」
こくりとうなずく女性は、自身の目元をとんとんと指で軽く叩いた。
「ええ。皇族は赤い瞳をしているでしょう? 朱雀の目を宿しているといわれているの」
「朱雀の目」
「実際の朱雀がどんな目の色をしていたのかは、わからないけどね」
くすりと笑う女性に、朱亞は想像を膨らませる。そして、朱雀を見たことがある人はどのくらいいるのだろうと首を捻る。
「これが
女性は朱亞を手招いて、紅玉を指した。じっと宝石を見つめてこくりとうなずく。
「石言葉は」
「情熱、永遠の命」
「あら、宝石は見たことがないのに、石言葉は知っているのね」
感心したように女性が朱亞を見る。朱亞は自分が今、なにを口にしたのかを理解するのに数秒かかった。
「朱亞さん?」
「……あ、いえ。……どうして私、すんなり言えたんでしょう……?」
自身の口元を押さえて、困惑するように言葉を震わせる朱亞を見て、
「なら、お嬢さん、この
「石言葉は精神の充実。赤い石に対しては願望の達成。かつて紅玉を生んだ宝石と思われていた……と教わりました」
女性は目を丸くして、朱亞を見つめる。そして、彼女の肩に手を置くと真剣な表情になり――……
「うちで働かない?」
と、誘った。
ぎょっとしたように目を丸くする朱亞に、梓豪が呆れたようなまなざしを女性に注ぐ。
「残念だが、彼女の仕事はもう決まっている」
「あら、そうなの? あ、ちなみにこれは?」
朱亞の肩に手を置かれた女性の手を払いのけるように、梓豪は彼女を自分側に引き寄せた。
ぱっと手を離して残念そうに朱亞を見る女性。すっと別の宝石を指して、問いかける。
「これは?
「竜の血と呼ばれた宝石ですね。石言葉は精神の高揚、不老不死。不老長寿の霊薬と思われていましたが、実際は水銀朱系なので、命を短くします」
「とても素晴らしい知識だわ! そうよ、辰砂は赤い顔料として使われていたわ。いったい誰から教わったの?」
女性はぱちぱちと拍手を送り、朱亞の知識を称賛した。
「祖父と、村の人たちから教わりました」
「村? 村で宝石のことを?」
きょとりとした表情を浮かべる女性に、朱亞はこくりと首を縦に振る。
「祖父も村の人も、知識があればあるだけ良いと……違うのですか?」
こてりと小首をかしげる朱亞に、女性は信じられないものを見たとばかりに目を大きく見開く。そして、口を開き言葉を発する前に梓豪が「違いませんよ」と答えた。
「得た知識をどう使うかは、朱亞さんの自由ですから」
今までに聞いたことのない、梓豪の優しい口調に女性はさらに目を丸くして、それから「ははーん」と笑いだす。
「なんですか、その変な笑い方は」
「いいえ、なんでもありませんわ。そうそう、お嬢さん、あなたにぴったりな宝石がありますのよ」
先程までの口調と異なり、丁寧な言葉を使いだした女性に、梓豪は怪訝そうに表情を歪める。朱亞は「ぴったりな宝石?」と少しわくわくしているようだ。
「ええ。この宝石がお嬢さんにぴったりだと思いますわ」
女性が見せたのは黄色の宝石。
「これは?」
「
「石言葉は希望、きらめく日、ですね。これが、私にぴったり?」
「この宝石は『太陽から贈られし物』という意味がありますの」
ちらりと梓豪を見上げる女性。彼は視線を黄色緑柱石に注ぎ、少し考えるように顎に手をかけた。
「……確かにぴったりですね。石言葉も、宝石に込められた意味も」
「でしょう? 良かった。
戦闘狂、と耳にして、朱亞は目を大きく見開く。梓豪のそんなところ、見たことがないからだ。想像もできない。
「誰が戦闘狂ですか」
「武術大会で負けなしじゃない、その若さで。陛下に次ぐ実力の持ち主と騒がれていること、ご存知でしょう?」
女性はくすりと口角を上げで梓豪の背中を軽く叩く。朱亞はそんなふたりと見てから、黄色緑柱石に視線を落とし、「きれいですね」とつぶやいた。
「気に入った?」
「はい。とてもきれいなので」
「じゃあ、李梓豪。これを贈ってあげなさいな。どうせお金は有り余っているのでしょう?」
「え?」
まさか梓豪に購入を勧めるとは思わず、朱亞は一瞬動きを止めたが、すぐにぶんぶんと勢いよく頭を横に振る。
「だめですよ!」
「あら、気に入ったのでしょう?」
女性は朱亞をじっと見つめて問いかける。確かに気に入ったが、梓豪に買ってもらうつもりはなく、ただこの目に焼き付けるだけで充分だと、身振り手振りで説明した。
「別に構いませんよ。彼女の言う通り、お金は余っていますし」
「いえ、お金は大切に使わないといけません!」
「うふふ、初々しいわねぇ」
朱亞と梓豪のやり取りを眺めて、うっとりと目元を細める女性。困惑する朱亞をよそに、梓豪は購入を決めてしまう。
「彼女の服に装飾できるものはありますか?」
「ええ、もちろん。そうね……これなんてどうかしら?」
女性は黄色緑柱石でできた飾りを見せてくれた。梓豪はじっくりとそれを眺めて、口を開く。
「首元を飾るのにちょうど良さそうですね。では、それを」
「梓豪さん!?」
「いろいろ巻き込んでしまったお詫びということで」
梓豪は手際よく支払いまで済ませる。
「失礼します」
と、朱亞の首元の襟に黄色緑柱石の飾りをつける。宝石の重みを感じ、そしてなによりも梓豪が真剣な表情で自分の首元をいじっているのを見て、まるで石になったかのように固まった。
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