帝都にて 4話

「なるべく人が少ない場所を、通っていきましょう」

「お手数をおかけしますが、お願いします」


 あのままでは人に酔う。そう判断した朱亞シュアは、梓豪ズーハオにたいして深々と首を垂れる。


「少し遠回りになりますが、よろしいですか?」

「もちろんです」


 だいぶ気持ちが落ち着いたのか、朱亞は梓豪を見上げて真剣な表情でうなずいた。


「では、行きましょう」


 梓豪は朱亞の手を引き歩きだす。先程よりは人気が少ないとはいえ、まだまだ彼女の暮らしていた村よりは人が多く、やはりはぐれては大変だと、しっかり彼の手を握る。


 薬草店を見つけたのは、三十分ほど歩いてからだ。


 そこは小さな薬草店だった。きれいな空色の屋根に、朱亞の瞳のような若緑に塗られた壁が印象的な、こぢんまりとした薬草店。


「開いていますか?」

「ええ、今は営業中ですよ」


 梓豪は朱亞から手を離し、彼女の背を押した。彼女は窓から中を覗き込み、緊張した面持ちで扉に手をかけた。


「こ、こんにちはー……」


 がちゃりと音を立てて扉を外側に引いて開けると、ちりんちりんと鈴の音が鳴る。


 その音に気付いた店主であろう老人が、顔を上げた。


「いらっしゃい。なにかお探しかな?」


 老人に話しかけられ、朱亞は肩を跳ねさせる。


「おや……、リー梓豪かい? 大きくなったもんだ」

「老師、この前お会いしてから、三ヶ月も経っていませんよ」


 ふさふさの白いひげを撫でながら、老師と呼ばれた老人は、とぼけるように首をかしげた。


 そして、朱亞に顔を向けると、優しく微笑む。


「お嬢さんはずいぶんと若そうだ。こんなこぢんまりとした薬草店で、なにをお探しかな?」

「あ、ええと。初めまして、朱亞と申します。いろいろ薬草がほしいのですが……」


 朱亞は求めている薬草の名を口にする。ぽんぽんと飛び出る薬草の名に、老人はじぃっと朱亞を見つめた。


「どうしました?」

「いやぁ、こんなに若いお嬢さんが薬草に詳しいのが、意外でね。誰からか習ったのかい?」

「はい。祖父から教わりました」

「そうかそうか、教え上手な人だったんだねぇ」


 にこりと目元を細めて笑う姿に、朱亞はぱぁっと表情を明るくさせてうなずく。


 祖父からの教えも、あの村で教わったことも、すべてが朱亞の力になってくれている。


「ちょいとお待ちよ。用意するから」


 老人は朱亞が口にした薬草を、すべて用意した。


 ひょいひょいとためらうことなく集めていく姿を見て、一度聞いただけですべてを覚えているのだと感じ、朱亞は老人に尊敬のまなざしを注ぐ。


「はい」

「ありがとうございます」


 用意された薬草をひとつひとつ確かめ、すべて揃っていることに朱亞はうなずいた。


 代金を支払おうとして、想像以上に安い値段を伝えられ、思わず老人を見つめる。


「悪いですよ」

「いんや、初めてのお客さまだからね。大事にしたいのさ」


 かたくなに受け取ろうとしない老人。困ったように眉を下げて梓豪を見上げる朱亞。彼はぽんと彼女の肩に手を置いて、緩やかに首を左右に振った。


「お言葉に甘えましょう」

「ですが」

「良いんだよ、お嬢ちゃん。お金は大事にせんとな」


 ほっほっほ、と笑いながら薬草を袋に入れて、朱亞に渡す。


 反射的に受け取ってしまい、朱亞は慌てて「あのっ」と高い声を上げた。


「ありがとうございます! 大事に使います!」


「うんうん、そうしておくれ」


 朱亞の言葉に老人は満足そうにうなずき、軽く手を振った。ぺこりと頭を下げてから、しっかりと薬草の入った袋を持ち、支払いをしてから店をあとにする。


「……本当に良かったのでしょうか」

「ええ。私が知っている薬草店の中で品質が一番良い場所ですし、あのように人当たりも良い。気に入っているお店なんです」


 梓豪の表情は明るい。きっと彼のいう『良い人』に入っているのだろうと思い、朱亞はぎゅっと薬草の入った袋を抱きしめた。


「後宮に行く前に、もう少し街を見て回りますか?」

「いいえ。恐らく人に酔うのでやめておきます」


 少し残念そうに頬を掻く朱亞に、先程の様子を思い出して、どこか納得したように「そうですね……」とつぶやく梓豪。


「それでしたら、このまま人通りの少ない場所を通って、後宮まで行きましょう。その途中、寄りたいお店があったら寄る、というのはどうでしょうか?」

「いいですね! 賛成です」


 明るくうなずく朱亞に、梓豪は少しほっとしたように表情を緩ませた。


 人通りの少ない場所を選びながら歩き、後宮に近付いていく。その途中、ふと視界に入ったのは様々な宝石を取り扱っている宝石店だった。宝石自体あまり見たことがないので、思わずその宝石店を見つめる。


「行ってみますか?」

「えっ、いえっ。きれいだなって見ていただけです」


 遠くからでも、宝石はきらめいて見えた。


 梓豪は朱亞の手を引いて、宝石店へ足を運ぶ。彼を止めようと「大丈夫ですっ」と大きな声を上げたが、彼は店の中まで入ってしまった。手を繋いでいるので必然的に朱亞も一緒だ。


「いらっしゃいませ。あら、李梓豪。珍しいですわね」


 美しく着飾った女性が声をかけてきた。女性は梓豪と朱亞に気付くと軽く首をかしげ、それからはっとしたように口元を隠すように両手で覆う。


「まさか、その子に宝石を……?」


 面白いものを見たかのように、目をらんらんと輝かせながら声を弾ませた。

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