電話

 ちなみに私が神奈川に戻ってから、いちろーはずっと寝込んでるんだってさ。

 なんでだろうねえ。


「来週か再来週位にもう一度そっち行っていいかな?」


 電話越しにりゅうにそう言った。細かいことはなんも考えずに勢いでそう言った。なんとなくもう一回行った方が良い、そう思ったから。 

 そしたらりゅうはしばらく黙った。

 私の横で兄貴が「車なら俺が出すよ」と言った。約束だ、守れよ。

『でもさあ、また来てどうするつもり、今更』

 諦めてる、こいつはほんとに全てのことを諦めてるんだろうなと思った。

 一応お祓いはやって、翌日逃げるように和歌山を後にして、今日遺言書を開封した。

「こっち戻ってから心霊現象みたいなのは特に無いよ、病院行って相談して漢方貰ったら耳鳴りは治ったし。和歌山がちょっと無茶な行程だったようだし父さんが死んだストレスかもしれませんねえ、って医者が」

 だから呪いとかオカルトなんて半分位は嘘。

 呪いなんか現実で殺そうと思えば殺せる。


「もうやめようよ、井戸も閉じようよ、私らも手伝うし方法考えるからさあ」


 電話の向こうにしつこく呼びかけ続けていたら、りゅうが折れた。

 私が行くまでにあんたが私に見せなかったおじさんの遺品の中に役に立ちそうな物がないか探しておけ、お前の部屋に立派なプリンターがあったのは知っている、一部分でもいいからスキャンしてPDFにして送れ、って一気にまくし立てたら『めんどくせえな、お前』って吐き捨てられたけど、もしかしたら、呪いが解ければいちろーも体調良くなるしあんたの家の心霊現象もなくなるよ、と押し通した。

 おめえの奥さんと子どものためと思えよ。


 弁護士事務所を出た後、兄貴と妹はとりあえず帰らせて、私は車で母さんを家まで送った後に父さんのマンションに向かった。

 まだ遺品の整理が全部出来てないのもあって、大家さんには7月位までの家賃を一先ず私のポケットマネーから払っておいたんだよね。口座は解約しちゃったから光熱費の引き落としも一先ず私の口座に切り替える事にした。

 車にはこないだ和歌山から引き上げてきた紙袋も積んである。

 親父のマンションに着いたのは午後6時過ぎ位だったかな。

 1人だけで遺品から使えそうな資料を探して、来週末和歌山に行くまでに対策を考えないといけない。多分泊まり込みになる。

 ちょっと不安で、なんとなくタカハシさんにも連絡した。

 そしたらさ、8時近くになってタカハシさんが夕飯差し入れついでに来てくれたよ。ありがたすぎる。手作りの生姜焼き弁当マジでうめえ。

「差し入れっておにぎりが定番だけど人が握ったおにぎり嫌な人もいるでしょ?それに疲れてる時はお肉ですよお肉!」

 めちゃめちゃ気遣いの鬼だった、タカハシさん。そこそこ有名な会社でそれなりの地位に居た人すげえな。

 タカハシさん、父と同じ会社にいた人だからある程度話は通じるかな?と思って色々相談してみた。

 いきなり「呪いの解き方ってわかります?田舎の呪いを仕舞いたいんですよ、呪いの井戸を閉じたい」っておかしな事言い出したのに話ちゃんと聞いてくれた。

「悪いものを閉じる閉じるってこないだ孫と見たアニメ映画みたいですねえ」

 タカハシさんは苦笑いしてたけど、父の蔵書から資料になりそうなものを一緒に探してくれた。

 柳田國男。名前は知ってるけどちゃんと読んだ事はないな。

「父さん、本読むの好きだったけど大体図書館で済ませてて。だけどこの部屋探してみたら結構沢山蔵書があって驚いてます。何処に隠してたんだろう」

 なんとなくそうぼやいたら、タカハシさんは「背表紙とか挟まってるレシートとか見ると、一人暮らし始めてからブックオフなりなんなりで使える資料を上手く集めたのかなという感じですかね、それか離婚前に家族には秘密にしていた貸倉庫でも借りてたか」

 最近多い、確かに。レンタル倉庫。母さんが昔はあんなのカジュアルじゃなかった、ってよく言ってる。

 銀行の貸金庫とは別にそういうの借りてたらめんどいな、と思ったけど、支払いが滞ったら多分家族に連絡が来るはず。父さんはそういうの契約する時に兄貴か私の電話番号を緊急連絡先として勝手に書く事がよくあったから。それは見つかってから考えればいいや。

 都市部の住宅に蔵なんて滅多にない、でもその代わりと言ってはなんだけどレンタル倉庫が増えた。のかもしれない。


 ふと思い立って、和歌山から引き上げた紙袋の中身を改めてみた。

 小中高の卒アルと文集、古い写真を収納した薄いアルバムが1冊、表紙に父さんの名前が書かれた大学ノートが1冊。


 あと髪の毛の束が入った和紙。ひとつだけ、ひとつだけこっそり持ち帰って来てしまった。


 呪いの、一部。

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