一晩

 寺戻ったら本堂の掃除手伝わされてまた私だけ先に風呂入れって言われて、ていうかその前に頭から塩掛けられたんだけどなんなん。そしたら夕飯だからって。

 やたら夕飯の時間早いのなんなんだ、田舎だからか?関係ないか。

 ちなみにいちろーは体がしんどいから帰るつって山から下りたらあだちさんに送って貰ってた。休職中なのに無理しやがって。

 あだちさんは家についての古い資料コピーして置いてってくれた。これは寝る前に読むやつ。


 りゅうとは風呂のあとに少し話した。やっぱり神奈川でどういう生活をしているのか凄く聞かれる。別に普通、兄貴も妹も元気だよ、ただ相続のあれこれとか後始末が馬鹿程大変、というのは繰り返して言った。

 仕事のこととウルトラの話もやたら聞かれた。コロナ以降在宅仕事が多くなったってこと、ウルトラを引き取った時の経緯とか。母さんのスーパーの話もした。

 逆に、昨日父さんの日記真剣に読んでたけど気になったことはあるか?って聞いた。りゅうはしばらく悩んだ後、あんまり和歌山の事を書いてないのはなんでだろうな、って答えた。母さんにもあんまり昔話はしなかったってよ、って教えたら、少し悲しそうな顔になってた。


 それとあだちさんの置いて行った資料に髪塚っていうのが出て来たんだよなあ。

 むしろなんで今まで誰もこれの話してくれなかったんだ、って思ったんだけど、歴史的にそんな重要な物とされてなかったから、って坊さんが。重要ではないって言うのは悪いけど、あんまり今回の事とは関係のない場所だって。

 本来なら髪塚ってのは女の人の髪の毛や櫛を祀る塚、ってのが正しい。

 でもこの地域の髪塚は山の中で、野生動物が死に場所に選ぶところだったんだって。

 毛皮の、体中に毛の生えた生き物の、死体が集まる場所。

 この地域では何故か畜生塚とか獣塚とかじゃなくて、なぜか髪塚って呼ばれていた。

 なんでかわからんけど、その獣の墓場は人の手の及ばない場所で、それこそ昔の食肉加工とか皮革加工とかの人間達の作ったデリケートな歴史とも全く関係はなく、そういう獣の死に場所に気付いた昔の人達がそこに石碑を立てただけの場所なんだってさ。

 それについては寺じゃなくて神社の方に詳しい資料があるかもって言ってたけどわざわざ今から見に行く程のもんじゃねえよな。重要ではないってあっちも言ってるし。

 ちなみに憶測だけど、こっそり人を殺した時にそこに隠した形跡もある、ってぼうさんがいってました。きをかくすならもりのなか!

 それならやっぱり人間の毛も混じってるじゃん。でもそれははっきりした記録が残ってるわけじゃなくて都市伝説みたいな曖昧な記述しかないから、ってまたまた歯切れが悪い話。

 やっぱり漫然と血の匂いのする家なんだなあ。

 昔話ってさ、資料がある程度残っていても些末な部分についてはやはり切り捨てられるじゃん。たから何がどこまで正確かは本当にわからん。

 井戸で頭打って女の子が死んだのと山の中の池で男の子が死んだのは本当みたいだけど、現実感はないな。


 夕飯、私だけ肉の無い飯食わされた。

 まだ私だけお祓いが続いてるの面倒過ぎる。

 精進料理とか生まれて初めて食ったわ。

 思ってたよりは美味しかったけどなんか物足りない。

 あとでお菓子食ってもいいかな。友達夫婦が昼の弁当買うついでにおやつも沢山買って来てたんだよね。デザートにもりもりおやつ食べよう。坊さんに修学旅行じゃないんですよって怒られたけど、まあ肉食べなきゃなんでもいいですよ肉、と言われた。坊さんが折れたぞ。やんややんや。


 それで私達どこで寝ればいいんですか、って聞いたら、お寺の本堂に布団敷くね、って奥さんに言われて3人揃って年甲斐もなく叫んでしまった。


 落ち着かないだろ!


 でもそこが一番安全だからねーって奥さんが。

 昨夜は昨夜で仏壇のある部屋が一番霊現象がまし、ってりゅうも言ってた。言ってたけどそれでもなんか不愉快な夜だったんですよ。

 信用出来ねえ。

 坊さんが電話番号書いた付箋を柱に貼って去って行った。

 なんかあったらここに電話して、ショートメールでもいいよ、ってさあ!軽すぎる。なんなんだこの緩いまま終わらないお祓いタイム。

 あだちさんの資料と、あらためて父の日記もつまみ食いしながら友達夫婦とだらだらと話した。お菓子も食べたよ。友達夫婦、二人ともオタクだからかこういう民俗学ホラーみたいな話に無駄に食いつきがいいんだよな。それはありがたい。TRICK面白いもんな、わかるよ。

 昨日からなんとなく気になることがあるんだけど、って友達旦那氏が口を開いた。

「なんか皆さあ、死んだお前のお父さんのことはわかるんだけど、やたらウルトラのこと聞いて来ない?獣の死体の髪塚のこともあるし、井戸の呪いよりも獣の心配してるんじゃないかって俺は感じる瞬間がある。ウルトラがいるのが良いのか悪いのかはわからんけど、なんで皆ウルトラの話ばっかりするの?ウルトラ、俺達にも懐いてくれててそりゃ可愛いけどさ」

 私はなんとなく気になって母さんにラインした。ウルトラ大丈夫?って。そしたらテレビ見てるおばさんの膝に乗ってるウルトラの画像が送られてきた。

「今んとこ母さん達もウルトラも大丈夫そう」

 2人にその画像見せて、一先ず胸をなでおろしたんだけどさ。

 その後少しして、そろそろ寝るか、ってなって。

 本堂の電気は消されてて、キャンプ用のランタン3つだけ坊さんに渡されてたんだよ。

 ひとりひとつ、それを持って外のトイレに行った。

 境内にある公衆トイレ。境内にわざわざこんなトイレがある、意外と観光地っぽいでかい寺なんだよね。ただの田舎の檀家寺かと思いきや、ね。墓場は道路挟んだ向かい側にあるのよ。距離があるからあんまりそれは怖くないなと思った。

 そんで本堂戻る時に坊さんの家に「寝ます」って声掛けて、外から鍵掛けて貰うことになった。

 夜中にどうしてもトイレに行きたくなったら本堂左奥の隠し扉みたいなところ?の先に一応男女兼用の古い和式がある、ちなみにぼっとんです、って言われた。まあそれはしゃーない。今日はそんな酒も飲んでないし多分大丈夫。

 そんでさあ、鍵閉めて貰った時に外から犬の鳴き声みたいなのが聞こえてちょっと緊張した。

 寺では犬なんて飼ってないし、田舎だから隣の家もちょっと離れてる。

 でも聞こえたんだ、獣の鳴き声が。

 周りになんにもないから遠くの鳴き声が響くのかな?その割には大きな鳴き声だった。


「あんたの実家、農家だったよねえ」

 あだちさんの資料広げながら友達が言った。うん。動物とは一切関係ない。


 もしかしたら獣はどうでもよくて、シュウジの死体を本当は髪塚に捨てたんじゃないのかな。表向きはあんたの家の墓に入れた事になってるのかもしれんけど、山にいるんじゃないの?獣の死体と一緒に。でも今更墓の中の骨壺検めたところで何代も前に死んだ人間の骨なんてどれがどれだかわかんないよね。そこにシュウジがいるかどうかなんてわかんない。

 うちの実家はそんなでかい墓じゃないからさあ、数代前の骨は霊園の人に許可取って一つの壺にまとめたりしてるよ。そうしないと入れる場所なくなっちゃうもん。


 その友達の分析を聞いて、じゃあもう山ごと燃やす?って言ったら、勝手な野焼きは犯罪でしょ、なんならあんたの実家っていうかあのいとこの家も燃えるし良くないでしょ、ってふたりに笑われた。私も非現実だと思う。でもすぐ燃やす?って、言っちゃうんだよなあ。本能寺。


 外からは時々犬の声、獣の声?が聞こえる。虫の声とか蛙の声なんてかき消される位にでかい、獣の声。なんなら哺乳類の声だね、あれは。

 2人にも聞こえるって。

 でも坊さんは絶対扉を開けるなって言ってた。

 外側から鍵を閉めてるから開けようがないんだけど、窓にも近づくな、トイレにも窓があるけど触れるな、って言ってた。


 だだっ広い本堂で、真夜中が迫り始めた頃にランタンを消した。

 おやすみなさい。

 

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