第19話 偽善者たちの腹の内

 ロリスが戻った本部は、大騒ぎとなった。


「グ、グリフォンだと!?」


「大変な事になった! 騎士団に討伐要請を出せ!」

「いや、グリフォン級だと、この辺りの地方騎士団じゃ無理だ。王都の第一騎士団を呼ばなければ!」


「馬鹿な! こんな田舎に、第一騎士団が来るわけないだろ!」

「じゃあ、冒険者ギルドにでも頼むのか? バカなこと言うな! グリフォン討伐に、どれだけの報奨金が必要だと思ってんだよ!」


「さ、最悪だ。人間に傷つけられたグリフォンは、魔物から人間にターゲットを変える。この村が襲われるぞ!」


 山狩りに参加していた村人の厳しい視線がロリスに注がれた。


「えっ、あ……オ、オレはただ夢中で……」


 申し訳なさそうに小さくなるロリス。そんな本部テントに、どこからともなく大声が響いた。

 

「これは、ロリスに責任を取ってもらうしかない!」


 その誰かの言葉で、その場の空気が一変した。


「そうだ! ロリスに責任を取らせろ!」

「グリフォンはロリスの事を覚えてるはずだ。ロリスが行けば、ロリスを襲うだろう?」

「そうだね、ロリスに仕返しすれば、グリフォンも気が治まるはずさ。魔物にターゲットを戻すかもしれない」


 お茶出しの手伝いで本部に来ていたリルばあさんまでロリスを責めた。毎朝ロリスと挨拶を交わしていたのは、親密だったわけではなく、ただの習慣だった。


 そう、これが村社会の怖い所だ。徒党を組んで誰かをおとしめる。一人の村人に、責任をすべて押し付けようとしている。まだ村が襲われたわけでもなく、人的被害が出ている訳でもないのに。


 そんな黒い心を内に秘める村人たちに対し、ついに堪忍袋の緒が切れたマリーが声をあ上げた。


「ちょっとアンタたち! それは、『ロリスに生贄になれ!』と言っているのと同じじゃないの!」


 怒りの表情で、村人たちをたしなめるマリーだが、村長は冷静に返した。


「そうではない。ロリスがグリフォンの前足を落としたのは事実だろう? 『丸腰で行って食われろ』とは言ってない。再戦して倒してくれれば問題ない。そうだろう、みんな!」


「「そうだ! そうだ!」」


「ロリスがグリフォンを倒せばいいだけだ!」


「何も死にに行けと言ってない。責任を取れと言っている!」


(クソだな!! コイツら!!!)


 怒りに沸騰し、歯をギリギリと鳴らすマリーが、村人たちを怒鳴ろうとした時、ロリスがスッと一歩前に出た。


「わかりました。明日の朝、暗いうちからもう一度山を登ります。日が昇るまでに山頂に着けば、鳥目だと噂のグリフォンを倒せるかもしれませんから」


 昔、ギルドの書庫で読み漁ったモンスター図鑑の知識を基に提案するロリス。『協力してくれれば倒せるかもしれない』と。しかし――


「わかった。で無事グリフォンを倒したら、村に入れてやる。しかし、倒せないと感じたら、グリフォンを引き連れてどこか別の場所に行ってくれ」


 慈悲の心もなく言い放った村長の死刑通告が、テント内に静かに響いた。人間は自分の保身の為に、これほど酷いことが言えるのだ。マリーはこれを聞いてロリスを助けようと決めた。


 (わざわざこんな村を助けてやることはない。さっさとロリスを連れて逃げてしまえばいい)


 そんなことを考えていると、ツツッと寄って来たエリサが耳打ちした。


「変な事を考えないでくださいね。まあ、ここでは指摘出来ないので、後で話をしましょう」


『えっ?』と言葉を返す前にエリサは元の位置に戻った。

 ロリスは、村長の言葉を受けて、『わかりました。では、準備がありますから、一度だけ家に戻ります』と言って、本部テントを出て行った。


 すぐ村人たちは、その場で会議を始めた。部外者のマリーとエリサは、テントから追い出され、ロリスを追いかけたが、ロリスに追いつくことはできなかった。

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