第12話 憤怒

 契約が終えて一度部屋を出たイリスが、給仕用ワゴンを押して再び部屋に入って来た。そしてマリーとエリサにお茶とクッキーをふるまう。


「あなたは親父さんとは違うわね? よく気が付く」

「まあ、お茶は安物ですけどね」


  イリスを褒めるマリーと、お茶に文句をつけるエリサ。

イリスは謙虚に『申し訳ありません、この村ではこれが最高品質なんです』と頭を下げた。


「いや、気にしてないからね。私はお茶の銘柄なんて気にならないから」


 顔の前で手を振って、気にしてないことをアピールするマリー。


「お酒以外は水やお茶、コーヒーでさえも全部同じに感じるマリーさんと一緒にしないでください。気にします」

 

 エリサはマリーに同調せず、マリーに小突かれても主張を曲げないエリサ。

 イリスは二人を見ながら自分のお茶を一口飲み、ふ~と息を吐き話題を変えた。


「ところで、お二人は昨日シルバーベアを山に追い返した凄腕の冒険者ですよね? 村中で話題になってますよ。冒険者はやっぱりすごいって」


『いや、それほどでもある』と胸を張るエリサ。

『いや、あれは……』と言葉を濁すマリー。


 イリスは二人を褒めたが、その場にいたマリーには事実が捻じ曲げられてるのがわかる。マリーはシルバーベアに攻撃したが歯が立たず、ただ逃げて避けていただけで、シルバーベアを追い返したのは、ロリスのツルハシだ。


「実は、それはちょっと違うわ。確かに私が一番長くシルバーベアと戦ったけど、決定的だったのはロリスよ? あの重いツルハシをすごい勢いでぶん投げてシルバーベア追い返したんだから、すごいのはロリスよ。ホントすごいパワーだったわ!」


『ブホッ!』 


 マリーの話に思わずお茶を吹き出したイリス。


「えっ、兄が? 本当に? 怪我した冒険者に肩を貸したとは聞きましたが、そんなことは一言も……」


 驚き目を見開いたイリスは慌てて机を拭いた。


 「本当よ! 私は本気で彼をパーティにスカウトしたいと思ってるの!」


 バンッ!


 マリーがそう言った時だった。客間のドアが激しく開き、ロイドが乱暴に入ってきた。


「そんなこと絶対許さんぞ!」


 マリーに怒鳴るロイド。どうやら廊下で聞き耳を立てていたらしい。


「スカウトなど許さん! ロリスは我がこの伝統ある農場の5代目だ。冒険者などやらせん!」


 怒りを露わにするロイド。


「お前ら! すぐここから出ていけ!!」


 ロイドは、二人を部屋から追い出そうと追い立てる。

 突然のことに驚くマリーとエリサ。


「父さん! お二人に失礼だよ!!」


 イリスがロイドの肩を掴んで二人から引き離す。


「放せ! イリス。こいつらは、ロリスを連れ出す気なんだ!」


 ロリスとマリー達は昨日会ったばかりで、以前にロリスを連れ出したことはない。


「父さん、また変なことを言って。ちょっと落ち着いてよ!」


 イリスに羽交い絞めされて、少しおとなしくなったロイド。


「ワシはおかしくない。 冒険者がワシから大事な物を奪うから……」

「この人たちは違うだろ? とにかく落ち着いて。話は向こうで聞くからさ?」


 イリスはロイドを促し部屋から出そうとした。そして、扉の前で振り返り、二人に『すいません、父を休ませてきますので、そのままお待ちください』と言い残し、部屋を出て行った。

 マリーとエリサは顔を見合わせて首を傾げ、ソファーに深く座り直し、安いお茶とクッキーへと手を伸ばした。

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